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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 笹舟 4

落乱SS 笹舟 4 (雑伊)

3月10日。310。ざっつと。雑渡さんの日。
念願の310更新です。

   笹舟 4

 夜半、誰かに呼ばれたような気がして伊作は目を開けた。つけ放しの灯がぼんやりと部屋を照らしている。どうやら書き物をしている途中で眠りこけてしまったものらしい。

 机からむくりと上体を起こすと積み上げていた本の山が崩れ、伊作の頭に降ってきた。驚いて蛙が絞め殺されるような声が出た。どこまでいっても不運なのだ。

「おい。伊作。大丈ぶ――」

「留三郎。くれぐれもこの状況で大丈夫なんて訊かないでよ」

 後頭部を抑えながら伊作が見上げると、寝巻き姿の留三郎が衝立の上にもたれながら笑いを噛み殺していた。 

「ああ、びっくりした。コブになったかも」

「だからいつも言ってるだろ。ちゃんと布団で寝ろって」

「今日はたまたま」

「ここんとこ、毎日だろ」

 存外に厳しい口調で留三郎に言い当てられ、伊作は口ごもった。

「風邪ひくぞ」

 留三郎は伊作の机の傍までくると、火鉢をかき回した。火の粉が夜目にも鮮やかに弾けた。

「保健委員長たるもの、風邪なんかひいてちゃ他の生徒に示しがつかないんじゃないのか。それに――」

 留三郎は手を伸ばすと、伊作の目の下の辺りを親指の腹でなぞった。

「ひどいクマだ」

「そんなにひどい?」

「ああ。まるで病人だ。伏木蔵も心配してたぞ」

 雑渡と別れて以来、伊作はすっかり塞ぎ込んでいた。この冬が過ぎて春がきても、どんなに季節が巡っても、伊作が心の底から望んだ日々は決して訪れることはないのだ。伊作の将来を思い遠ざけてくれたのだろうけれど、伊作の雑渡に対する気持ちは日に日に膨らんでいる。そんな気落ちしている自分をふっきるためでもないが、ここのところ伊作は薬草や薬の勉強に余念がなかった。

 伊作の机に散らばった本草学の本やら薬草の採取記録などを眺めながら、留三郎は長く息をついた。

「病気を治そうとしているヤツが先に病気になっちゃ笑いもんだぞ」

 伊作は目を伏せた。留三郎の言う通りだった。

「お前さあ……。どんな病気も怪我も治せる薬を作りたいんだって? 伏木蔵から訊いたぞ」

 伊作は情けない思いで笑った。

「この歳になって、まだそんな夢みたいなこと言ってるなんてバカでしょう」

「バカだな。お気楽すぎる」

「ひ、ひどい」

「でも、バカだけど……お前のことすごいと思うよ」

 留三郎の褒め言葉に、伊作は自嘲じみた笑みを浮かべた。

「どこがすごいのさ。そんな薬作れるわけない。結局、現実逃避してるだけだよ」

「じゃあ、これは何のためだよ」

 留三郎は机の上で散らばる本を手に取り、伊作の鼻先へ突きつけた。

 伊作が突きつけられた本を手で除けると、存外にやさしい顔をした留三郎がいた。

「そんな夢みたいな薬ありえないから、誰かにとって伊作が必要なんだろ。伊作が毎日毎日、夜遅くまで起きて薬の勉強してるのは何のためだ。遠くの土地まで行って薬草や民間療法の研究をしてきたのは何のためだ。全部、その夢みたいな薬に近づくためだろ。全部、助けたい人がいるからだろ。全部、雑渡さんのためなんだろ」

 留三郎は伊作に畳み掛けるように言った。

 伊作の中で押し込めてきたものが堪えきれずに溢れた。

「雑渡さん……会うたびに痩せてるんだ」

「うん……」

 留三郎は神妙な面持ちでうなずいた。

 伊作は自分の肩を抱いた。何もかもが恐ろしかった。

「僕は少し背が伸びたのに……雑渡さんは雑渡さんは……」

「伊作」

 伊作は歯を喰いしばって嗚咽を堪えた。

「雑渡さん……長くないかもしれない……」

 俯いた伊作の鼻筋を涙がつたった。ぽとりと滴が床ではじけたとき、留三郎が肩を掴んでゆすった。

「医者が患者を見捨ててどうするよ。それに人の命数なんて分かんないぜ」

「僕だから分かるんだ」

 伊作は激昂した。そして、その時唐突に思った。

 自分は本当は雑渡の最期を見たくなかったのではないか。自分でも気づかないうちにそういう思いが生まれて、だから雑渡に自分のことはあきらめろと言われて、その通りにあきらめようとしているのではないか。

 そうだとしたら、不義理なのは伊作の方だ。

「雑渡さん、僕が悲しむと思って突き放したのかな……」

「あの人がやることは、全部伊作のためになることだよ。伊作自身が一番よく分かってるだろ。あの人の一番近くにいたんだから」

 伊作は頷いた。雑渡は伊作をこれ以上ないほど想ってくれた。その温かな心をいつも感じていた。いつでも伊作の味方で、そしていつでも伊作の最愛だった。

「伊作。誰でも命数を算段するのは心細いよ。だからこそ伊作は雑渡さんの傍にいてやらなきゃ駄目だ。そうだろ」

「でも……」

 伊作は怖気づいた。

 すべてを捨てても雑渡の傍に駆けつけたい気持ちはある。けれど、雑渡の善意を無にしてもいいのだろうかという迷いがあった。

「伊作が世話焼かなくて、一体誰が世話焼くってんだ。そういうのは伊作の専売特許だろ。世話なんてなあ、焼けるときに焼かなきゃ意味がないんだよ」

 留三郎の言うとおりだった。

「そうだね」

 伊作は自分の頬を叩いた。不思議と恐ろしさは消えていた。

「お、いい面になった」

「うん。ありがと、留三郎。僕は何も分かってなかった。どれだけ医の技があろうと、どれだけ薬の知識があろうと、それだけじゃ駄目なんだ。一番大事なのは気持ちだ。今自分がどうしたいのか、そしてその人にどう応えたいかっていう気持ちだよ。僕は雑渡さんの傍にいたい」

 伊作の中で何もかもがはっきりと見えてきた。

 雑渡の明日がどうなるかなんて分からない。もちろん、伊作や留三郎も同様だ。

 雑渡は伊作に生きていてほしい、生きていてくれればそれでいいと言ったけれど、それは……そんな気持ちは優等生すぎる。

 雑渡は強い人だけれど優等生ではなかったはずだ。自分の立場も地位も脇に置いといて、ただの何でもない、もしかしたら敵になるかもしれない子どもを助けてくれる、どうしようもないくらいやさしい人だったはずだ。そして、伊作自身も優等生とは言い難い人間だ。

 忍びはどうしようもなく一人だ。それは伊作も雑渡も変わらない。

 でも人として、伊作は雑渡と二人で生きてみたかった。そうしてみて初めて分かることがあるはずだ。きっと減っていくものばかりじゃない。増えていくものもあるはずなのだ。それを見つけて大切にしたい。

 好きな気持ちだけでも、きっとどうにかしてしまうのが人間なのかもしれない。そんなことを思った。

 

 つづく


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