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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 笹舟 3

落乱SS 笹舟 3 (雑伊)
 

   笹舟 3

 一月の半ばには一寸ほどの雪が積もった。

 今年は雪掻きの難を逃れたと喜ぶ伊作とは対象的に、伏木蔵は悔しがっていた。それでも意地になって泥交じりの小さな雪だるまを完成させていたのには感服した。雑渡に見せるのだと得意げに言っていたが、今やその雪だるまは庭の隅で泥と雪が混じった何やら分からない物体と化している。

 それもそのはず。今はもう梅も散りかけの季節だった。雪が解けてしまうくらいに時が経っているのだ。雑渡とは昨年以来、顔を合わせていない。

 風の噂で聞いた話だと、タソガレドキはいくさをしている最中らしい。さして驚きもしない話だが、心配しないかと言ったらそれは別だ。

 伊作は雑渡とわけも分からないまま別れてしまった。ほとんど一方的に別れを押し付けられてしまったのだ。けれど、雑渡を憎んだり恨んだりする気持ちは伊作の中にはない。悲しいとか苦しいとか具体的な感情はなく、ただ漠然とした冷たい穴が開いているような感覚にとらわれているだけだ。

 そんな日々を送る最中、タソガレドキがいくさをしているとの噂を耳にした。知ってしまったからには嫌われようと遠ざけられようとあきらめろと言われようと、やはり雑渡の安否を心配して落ち着かなくなってしまう。すると当然、何をするにも身が入らなくなってしまう。そうなると注意力も散漫になり、いつもの不運がさらに大きな不運を呼んでしまう。

 今日は休日だというのに補習を受けさせられ、普通に廊下を歩いていたら床板が抜け、飛んできたバレーボールの体当たりを受け、よろけて池に落ち、這い上がったところにあった蛸つぼにも嵌り、たった今、死に物狂いでやってきた医務室で棚から落ちてきた救急箱が頭を直撃した。

 あまりにも不運が極まると考え方も前向きになるらしい。薬研が落ちてこなかったことが不運中の幸運だと思っていると、障子戸の向こうに気配がした。

「すごい。見事な不運の連鎖だ」

 苦笑しながら伊作の前に現れた雑渡は、なんだかまた痩せたように見えた。

「雑渡さん」

 伊作の胸がどきりと震えた。会えるとは思わなかった。

「もう、ここへは来て下さらないのだと思っていました」

「そのつもりだったよ。でも、近くまで来たからいつものくせでつい、ね。あのまま別れるのも後味が悪いと思ったし。君に不義理だろ」

「そうですか」

 不義理というのなら、一方的に姿をくらました雑渡こそが不義理ではなのか。近くを通らなければ二度と顔も見せないつもりだったのか。そう思うと、伊作は少し寂しかった。

「いくさの最中に寄り道なんて、感心しませんね」

 伊作がわざとおどけた調子で言うと、雑渡は力なく笑った。

「さすが忍術学園だ。情報が早いね。君の言う通りだ。……もう行かないと」

「送ります」

「でも。わたしは君に酷いことを言ったのに。君はわたしを許すのかい」

 雑渡は気後れしたように言った。

 伊作はゆるゆると首を横に振った。

「それはそれです。僕が送りたいと思っているんです。そこまでですから」

 そういうと、伊作は首巻を手に歩き出した。

 

 

 

 裏山を歩く二人は無言だった。吹き付ける冷たい風が伊作の首巻をなびかせていた。

 谷間の流れのある小さな川に出たとき、雑渡がふいに立ち止まった。

「伊作くんはタソガレドキに来たかった?」

「……あなたの傍にいたかったです」

 雑渡と並び、伊作は重々しい口調で応えた。

 膝丈の枯れた雑草が揺れる。こうしていると雑渡も伊作も色のない景色に溶けてしまうようだった。冬はどうにも寂しい季節なのだと改めて思った。

「雑渡さんは僕に来てほしかったですか」

 雑渡からの応えはなかった。

「雑渡さんは僕が必要ありませんか」

「そういう話をしているんじゃないだろう」

「社交交辞令でも何でも、今まで一度だって僕にそういう話をしてくれたことありませんでしたよね」

「君は来てはだめだ」

 雑渡が厳しく制した。

「そんなに僕がいたら迷惑ですか」

 雑渡は深く息をついた。

「タソガレドキがどういうところか知っているだろ」

 雑渡は感情を押し殺した声で静かに言った。木々が乾いた音をたて風に揺れる。

「知ってますよ。おせっかいで義理堅い忍び組頭のいる忍者隊があって、お殿様は好戦的で、いくさが年中行事みたいになっていて、黄昏時の景色がとても美しい……あなたの故郷です」

 伊作は一度もタソガレドキへはいったことがないのだが、つい先ごろ、伏木蔵からタソガレドキの美しい風景を耳にした。

「そんなにきれいな景色なら見てみたかったです」

 遠くを見ながら、伊作はため息のように言葉を漏らした。

 雑渡の目が切なげに揺れた。

「今まで色々よくしてくれたのに済まない。わたしは君に応えられない……」

 その沈痛な言葉に、伊作はちょっとだけむきになった。

「見返りなんて求めてません。まさか、あなたと懇意にしていたことに裏があったとでも思っているんですか。それこそ冗談じゃありませんよ。僕は最初からあなた自身を見てました。裏も側面も見ていない。ちゃんと、あなたを正面から見てた」

 何かを堪えるような顔で、雑渡は額に手をあてた。

「初め……わたしには少しだけ裏があったよ」

 雑渡が消え入りそうな声でぽつりと言った。

「え」

「オーマガトキとタソガレドキの合戦場でわたしは君に助けてもらった。その恩を返そうとしたのは事実だけれど、でも、君みたいな人材がタソガレドキにいたら都合がいいんじゃないか。君を引き込むためには仲良くなっておいた方がいいんじゃないかと思って近づいた」

 雑渡は伊作と視線を合わせようとしなかった。

 確かに、伊作もそんな気がしないではなかった。でも本当にそんなことはどうでもよかったのだ。雑渡がどんな事情を孕んでいても受け容れる覚悟があった。

「それで、僕はあなたにとって都合がいいだけのバカな子どもでしたか」

 雑渡は首を横に振った。

「下種な算段していたのも初めのうちだけだった。なんかね、君と仲良くなればなるほど、君の事を知れば知るほど、タソガレドキに来て欲しくないって思うようになったんだ」

「ぼくがあまりにも不運で忍びとして出来損ないだから、ですか」

 伊作は自嘲的に笑った。自分で自分を貶めて雑渡の言葉に傷つかないようにしなければならなかった。雑渡のことを嫌いになりたくはなかった。

「君はおせっかいでお人よしで世話好きでやさしくて、とても人間が出来ている。ちゃんとやりたいことも定まっていて未来がある人だ。タソガレドキはいくさが多い。いくさは消耗活動だ。物も人も。わたしは君のやりたいことをちゃんと知っている。わたしは君に幸せになってほしい。夢を実現させていく君の姿を見ていたい。若く将来もある君がタソガレドキに来て早死にする必要なんてどこにもないんだ」

 それで伊作を遠ざけようとしていたのだろうか。

「タソガレドキも、そしてわたし個人も君を必要としている。それは間違いない。一緒にいられるのならそうしたい。でも、わたしには覚悟が無い。君がタソガレドキに来てそのことで死んでしまったときに受けとめる覚悟が。君に生きていて欲しい。たとえ会えなくても君がどこかで生きていてくれるならそれでいい」

 伊作の胸の中で複雑な思いが膨れ上がっていく。苦しかった。

 雑渡の言い分も一理ある。伊作が雑渡の立場でもそう考えるだろう。

 けれど、結局のところ、伊作が忍者として活動するようになれば危うい生き方に両足突っ込むことになるのだから、安全な命がないことに違いない。

 しかし、今そんなことを言ってもどうにもなりそうになかった。好きな気持ちだけではどうにもならないことがあると、伊作は初めて知った。

 雑渡と一緒にいたのでは、伊作の道が立たない。雑渡はそう言っているのだ。いつまでも纏わりついて困らせても仕方がない。

 しかし、きっぱりあきらめようと思ってもなかなか上手くいかない。寒空の下、二人は黙って立っていた。冬だと言うのに、笹の葉だけが緑を残して風に吹かれている。手持ち無沙汰だった伊作は無意識のうちに笹をむしっていた。そういえば、子どものころはよく笹舟を作ったものだ。幼い記憶をたよりに、伊作は小さな舟を作った。

「久しぶりに見たよ」

 雑渡が伊作の手元を覗き込んできた。

「僕も久しく作っていませんでした。子どものころはしょっちゅう作っていたものですけど。これを競争させるんですよね」

 言いながら伊作はしゃがみ込み、川面に緑の舟を浮かべた。笹舟は流れに乗って、みるみるうちに小さくなっていく。

「あれに乗ったらどこまでも行けそうだね」

 雑渡が子どもみたいなことを言う。思わず、伊作は笑ってしまった。

「どこへ行くつもりですか」

「どこだろう……。夢みたいな所かな」

「極楽浄土ですか」

「それじゃ死んじゃうだろ。そうだな。とびきり幸せになれる場所かな」

「……そうですね」

 伊作はそれだけを応えた。そこへ行くときは自分も連れて行ってほしいとは、とうとう口にだせなかった。それに、あんな軽くてすぐに転覆しそうな舟では大きな流れにのることも出来ないだろう。海にさえたどり着けないようなおぼつかなさで、夢みたいに幸せな場所になど行けるわけがないのだ。

 大人になるということは、現実が見えすぎてしまうということならば、それはひどく寂しいことのような気がした。少しずつ伸びていく背も、大きくなっていく手足も、今の伊作には疎ましかった。伊作が成長するたび、雑渡の残り時間は少なくなっていく。そんな気がしてならなかった。

「わたしはどうしたらよかった」

 急に雑渡が叫んだので、伊作はびっくりした。

「こんな最後になるって分かっていて君を好きになって、君の気持ちを奪って……。君を無理やりにでもさらって行って、誰も知らない場所で暮らせばよかったのか」

 そんなことになったら、雑渡はタソガレドキを抜けなくてはならない。それは出来ない相談だ。しかし、普段決して感情的になることがない雑渡が自分の思いの丈をつらつらと晒している。そのことに伊作の胸は塞いだ。伊作の存在が雑渡を追い詰めているとしか思えなかった。

「そんなことになっては僕の道がどうこう言う前に、雑渡さんの道が立たなくなります。自暴自棄になってはいけません」

「でも、わたしは本当に君のことが……」

「言わないでください」

 伊作は叫んだ。

「もういいでしょう」

 雑渡がきつく目を閉じた。

「……わたしはまだ君に惚れてる」

 伊作は激しく頭を左右に振った。

「あなたがあきらめろと言ったのに、まだあなたは僕に惚れていると言う。そんなのはおかしいですよ。矛盾してます。あきらめるというのなら、あなたの方こそ僕のことはすっぱりきっぱりあきらめてください。でなければ僕は未練が重すぎて生きてはいけないのです」

 雑渡が息を呑む音がはっきりと聞こえた。

「あなたに色々と厳しいことを言われて、たとえそのすべてが僕のためだったとはいえ……僕はあなたとは縁がなかったのだと思いました」

 笑って別れようと思ったのに、伊作の顔はくしゃくしゃだった。

 それでも、雑渡が背を向けるまで、伊作はひとこともしゃべらなかった。

 あなたのそばにいてはいけませんか、とは最後まで訊くことが出来ないままだった。

 帰り道は川の下流に沿って歩いた。しばらくそうしていると川面から飛び出た石に緑の塊がへばり付いているのが見えた。さっき流した笹舟だった。伊作はそれを掬い上げると一息に握り潰した。指の間から滴が落ち、かすかな青臭さを感じた。

 やはり、夢みたいに幸せな場所などどこにもないのだと思った。

 

 つづく


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