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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 冬の月

落乱SS 冬の月 (雑伊)

 なんか、月のネタが多いですね。まあ、いいか。 
 別記事のお知らせにもある通り、今年の更新はこれで最後です。
 ありがとうございました。

冬の月

 あっという間に時が経ってしまった。楽しい時間が早く過ぎるというのは事実であったらしいことを、伊作は身をもって体験した。

 夜の山道を歩きながら、伊作は両手を胸の辺りで擦り合わせた。吐く息が白い。

「すっかり遅くなってしまった。わたしが伊作くんを引き止めたせいだね。すまない」

 伊作の隣を歩く雑渡が妙に真面目くさって言った。伊作同様、しゃべる度に口元が白く曇った。

今日は二人とも忍び装束ではない。だから、いつもとは少し違う感じがして、伊作は一日中ふわふわした心地だった。とりわけ、雑渡にいたっては、普段は覆面の下にある口元目元があらわになっているので、より一層、伊作は落ち着かなかった。今日一日を、完全に二人だけで過ごしたのだ。とんでもない贅沢を味わったような気がして、そのことがさらに伊作を落ち着かなくさせていた。

 しかし、その贅沢な時間も残り少ない。もう、いくらも歩かない内に、分かれ道に到達する。伊作は忍術学園へ。そして雑渡はタソガレドキ領へ、それぞれが帰るべき場所へ帰らなければならない。

 雑渡は伊作を学園まで送ると言い張ったが、伊作は頑としてそれを許さなかった。雑渡を煩わせたくないという思いもあったし、それ以上に雑渡と離れがたくなるのが嫌だったからだ。一緒に過ごす時間が長いほど、別れが辛くなる。

 雑渡と出会って以来、伊作は一日がもっと長ければいいのに、と思う回数が増えていた。

「早く伊作くんを学園に帰さないと」

「ちょっと、雑渡さん。僕は借り物じゃないんですから」

「茶化してる場合? こんなに遅くなって……先生や友達に怒られるんじゃない? それこそあの過保護な同室の彼とか、さ」

 雑渡はわざとらしく片目をつぶってみせた。どうやら雑渡は、留三郎のことを言っているらしい。

今朝、留三郎には、雑渡と遠出をするけど日が沈むまでには帰ると言って出てきたのだ。留三郎は一瞬だけ怪訝そうな表情を見せたが、存外、鷹揚に受けとめてくれた。ところが、日が沈むどころか、すっかり夜半になってしまった。留三郎に宣言してきた刻限はとうの昔に過ぎていた。きっと今頃、帰ってこない伊作を心配して、留三郎はやきもきしているかもしれない。いや、雑渡に対して目くじらを立てているに違いなかった。

 伊作は肩をすくめた。

「怒られるのは僕じゃなくて、僕を散々連れまわしてた雑渡さんだったりして」

「うわー……、その光景が容易に想像できて怖いなあ」

 雑渡は冗談めかして言った。

「留三郎って、遠近両方の武器が得意なんですよ。まあ、雑渡さんが相手じゃ、どんな武器もお話にならないかもしれませんけど。それでも火事場のバカ力ってこともありますし」

「……伊作くんは、どっちの味方なのさ」

 雑渡はふて腐れてしまった。

「それに、連れまわされたってのは、ちょっと酷いんじゃない? まるでわたしが君をかどわかしたみたいだ」

 伊作は笑った。

「だって、雑渡さんってば、あっちこっちに僕の手を引っ張って行くんですもの」

「それはあっちこっちに薬草が生えてる場所があったんだもん。しょうがないじゃん」

 雑渡が伊作を外に誘ったのは、薬草の自生する場所を教えるためだった。色気も素っ気もない理由ではあるが、雑渡曰く「二人で気兼ねなく出かける理由にはもってこい」ということらしい。

 案内された場所は、忍術学園からは少し距離がある山中だった。どうやらそこはタソガレドキの領地と忍術学園のちょうど中間くらいの場所にあるらしい。忍びにとって距離は関係ないというけれど、それでも、往路を歩き、山の中をあちこち歩き回って採取記録を付け、そして復路を歩き……という状況にはさすがに疲れてしまった。

 伊作がそんなことを言うと、

「伊作くんはわたしなんかよりもずっと若いんだから、そんなこと言っちゃ駄目」

 と、まだまだ元気そうな雑渡に諭されてしまった。

「雑渡さんは随分元気なんですね。てっきり疲れているんだとばかり思っていましたから見直しました」

「それはどうも」

 雑渡は苦笑いした。

「体力だけには自信あるんだ。でも、どうしてわたしが疲れてるって思ったの」

「だって、雑渡さんがとてもゆっくり歩いているから……」

 急がなくては、というわりに、雑渡の歩調は緩やかだった。その緩やかさは、意識してそうしているといってもおかしくはないくらいだ。だから伊作は、ああ疲れているんだな、と感じたのだ。と同時に申し訳なくも思った。せっかくの休日を伊作のために費やし、英気を養うどころか、すっかり体力を消耗させてしまった、と。

 声には出さなかったが、そんな伊作の心中を察したかのように、雑渡は伊作の額を小突いた。

「野暮なことを言わないように」

 弾かれた額をさすりながら、伊作は目をぱちくりさせた。

 野暮とはいったい何のことだ。

 訝しい顔つきの伊作を見て、雑渡は笑った。

「伊作くんって、こんなに鈍感な人だったっけ?」

 涼しい顔で雑渡は言った。失礼な、と伊作の目はつり上がる。

「いきなり何ですか。人のことを鈍感呼ばわりして。僕は雑渡さんが疲れているんだと心配して申し訳なく思っていたのに」

 伊作はぷいと、そっぽを向いた。雑渡に鈍感と言われたことよりも、伊作の心配など、まるで必要とされなかったことの方に気落ちした。お前のことなんて必要ない、と言われているみたいだった。ふいに、寒さが身に沁みた。

 伊作には雑渡が必要だった。しかし、考えてもみれば雑渡にとって伊作など、居ても居なくても差し障りないのかもしれなかった。そのことが悔しくて腹立たしかった。雑渡を煩わせたくはないのに、つい膨れた顔になってしまう。

 雑渡はそんな伊作の気持ちなど、少しも頓着しない様子で言った。

「わたしはね、伊作くんが隣りに居るからこそ、速く歩きたくはないんだよ」

 伊作の足が止まった。虚を突かれたようにして、頭一つ分背の高い男を見る。立ち止まった雑渡の肩越しには、ぼんやりと月明かりが差していた。

 雑渡は咳払いした。

「わたしは、伊作くんと少しでも長く一緒に居たいの。分かる?」

 雑渡はきまりが悪そうな顔をして、鼻の頭を掻いた。月明かりに照らされた耳がほんのりと赤い。柄にも無く照れているのだ。

 あっけにとられる伊作をよそに、雑渡は伊作の耳元に口を当てた。

「ねえ、伊作くん。分かる?」

 雑渡の生暖かい息が耳朶に掛かる。真っ直ぐな視線に見つめられ、伊作は体中の血が顔をめがけて昇ってくるのを感じた。寒いはずなのに汗をかきそうなくらい発熱している。

 伊作は言葉に窮してうつむいた。

 傍に居たい。一緒に居たい。少しでも長く、少しでも近くに……。

 伊作も同じ思惑だったから、雑渡の言うことは痛いくらいに分かった。けれど、分かりたくはなかった。ただでさえ離れがたいのに、これ以上同調すれば、別々の帰路を行くことが辛くてどうしようもなくなってしまう。

「……分かりません」

 蚊の鳴くような声で、伊作はようやくそれだけを呟くことができた。

「うそつき」

 雑渡はしれっとそんなことを言う。

 伊作は返事をしなかった。そのかわりに、雑渡の脛をつつくようにして蹴った。

(うそをつかせたのはあなたです)

 胸の内でそんな悪態をついた。

「さ、行こう。物の怪の時間になってしまう」

 雑渡は背中を向けて歩き出した。伊作もそれに続く。確かに、夜は深くなっていた。人間じゃないものと出くわしてしまいそうな感じがする。

 伊作は雑渡の袖のあたりを掴んだ。雑渡が少しだけ笑った気配がした。

「見てごらん。月がきれいだよ」

 雑渡が空を仰いだ。つられて伊作も頭上に視線を伸ばす。寒々とした冬空にいくつもの星が光っていた。それらに囲まれるようにして冴え冴えと月が浮かんでいる。ぼんやりと眺めていると、まるで伊作たちの歩くのに合わせて、どこまでも付いて来るようだった。

「本当に……きれいですね」

 伊作はため息まじりに言葉を零した。青く冴えた月は美しく、束の間、伊作は色んなことを忘れた。青暗い山道に、二人の土を踏みしめる足音だけが響く。

「まさに、惜しむべき夜だよ」

 雑渡は納得したように言った。

「あんまり月がきれいだから、別れる機会なんか逃して一緒に居たいけど――」

 雑渡の歩が止まった。分かれ道に着いたのだ。

 案の定、伊作は別れるのが寂しく思えて仕方なかった。

 もうちょっと。もうちょっと。そこまで。もう少し、そこまで……。

 でも、そんなことをやっていたら、どこまでもついて行きそうになる。

 不意に、雑渡が伊作の頬を撫でた。

「なんて顔をしてるのさ……」

「僕、変な顔になってますか」

 雑渡は笑った。

「うん。そんな切なそうな顔をされたら、かどわかしたくなっちゃう」

「かどわかしてみます?」

 雑渡は喉の奥に笑いを籠もらせた。

「そこで、かどわかして下さいって言わないところが伊作くんだよね」

 伊作もヤケになっていた。

「かどわかしをお願いするなんて、とんだ酔狂者です」

「狂ってよ」

「いやです」

 伊作の視界が暗くなる。雑渡の唇が頬に触れた。

「本当、うそつきだね」

「素直じゃないと言って下さい」

 静かに笑い合うと、互いに背を向けた。伊作は、もう後ろを振り返らなかった。

 足音は伊作のものしか聞こえない。けれど、見上げた視線の先には、相変わらず冬の月があった。どこまでも、どこまでもついてくる。どの人の上にも同じようにあるこの月が、しかし、伊作と雑渡にとっては特別なものだったように思われた。

 伊作は白い息を吐きながら、含み笑いを漏らした。

一片の冬の月だけが、この特別な夜を見ていた。

 

 終わり


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