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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 呼ばふ 1

落乱SS 呼ばふ 1 (雑伊)

古来、「名を呼ぶ」という行為は、求婚するということでもあったようです。
名前を呼ばれ、それに応える。とってもロマンチックです!
やっぱりですが、11月の十忍に直参出来ない運びとなりましたので(家業のため)、
本にしたかったものを出来る限り短くまとめて、書いていこうかな、と。
ゆっくりになってしまうのですが……。
でも新刊が発売される迄に書きたいことがたくさんありますです。
最近、キュ○ムーン○イトがかっこよくて仕方がないです。早くソフビ人形を手に入れたいです。

  呼ばふ 1 

 季節の変わり目の森は何だかにぎやかな感じがする。特に夏と秋が重なり合うときだ。色々な種類の植物がひしめき合っていて、風に揺れるたび色があふれ出す。

 保健委員長の伊作としては、まさに胸躍る狭間の時候だった。求めた薬草が必ずといっていいほど手に入る。伊作の数少ない幸運期だ。

 今だって、薬草摘み始めてからまだ半刻と経っていないのに、すでに籠は満杯に近い。伊作はホクホク顔で採取記録をつけていた。

「伊作せんぱーい」

 呼ばれ、振り返る。少し離れたところで保健委員の伏木蔵が手を振っていた。

「伏木蔵、どうしたの」

 伊作が駆け寄ると、伏木蔵はある植物を指差した。腰ほどの高さで先端に小さな薄紫の花が咲いている。

「あれは採ってもいいですか」

「ムラサキだね」

「ムラサキ?」

「火傷の薬になるんだ。根を使うから、頑張って掘り起こしてね」

 伏木蔵は「はい」と頷くと、早速ムラサキの根元にしゃがみこんだ。

 伏木蔵も段々と、保健委員らしくなってきたじゃないか。

 伊作は静かに笑った。伏木蔵の小さな背中にかつての自分を重ねる。

伊作自身も先輩に色々と教えられながら、保健委員らしくなっていったのだ。

薬草についてを文献などの紙面で勉強することももちろん大切だ。けれど、百聞は一見にしかず。こうして実際に薬草を採取してみると格段に覚えが早くなる。

本物の薬草を自分の目で見て、匂いをかいで、花や茎や葉や根を確かめる。その姿形に触れてみて、初めてその薬草の名前を自分の中に刻むことができるのだ。

 伏木蔵が尻餅をついた。思わず手を貸そうかと思ったが、伏木蔵がまたせっせと根を掘り始めたので、伊作は踏み出した足を引っ込めた。伏木蔵の努力を無碍にしてはいけない。

 きっと、伏木蔵はムラサキを忘れたりしないんだろうな。

 そんなことを思った。

 伊作がもうひと踏ん張りしようか、と辺りを見回したとき、

「伊作くん」

 大人の声に呼ばれた。誰かは分かっている。伊作がその人を薬草摘みに誘ったのだから。

「雑渡さん。どうかしましたか」

「いや、これはどれくらい採ったらいいのかなと思って」

 雑渡は伊作の鼻先に薬草を突き出した。伊作は突き出されたそれを見て、目を丸くした。

「アカネがもう咲いてる……」

「そうなんだ。わたしもビックリしたんだけどさ。それで? どうする」

「是非お願いします。止血の薬が足りなくて……」

 アカネは染料にもなるのだが、止血の薬にもなる。

 雑渡は「合点」と請合った。

「あ、そうそう。他にも珍しいものがあったから籠に入れといたよ」

 なんだろうか、と伊作は雑渡の脇に置かれた籠を覗き込んだ。

「スイカズラ! まだ枯れてなかったんですね。それにトチバニンジン、あっ、オオバコとヨモギもたくさん! 有難うございます」

「いえいえ。それにしても」

 雑渡は興奮気味の伊作を眺めて笑った。

「よくそんなに薬草の名前、覚えられるよね」

「え。変ですか」

「いや、変とかじゃなくて、すごいなと」

 そうなんだろうか。

「雑渡さんだって、薬草について詳しいじゃないですか」

「わたしは必要に駆られてだよ。自分のことは自分でしなくちゃ、誰も助けてくれないし。それに引き換え、伊作くんの薬草に対する知識は膨大で、純粋にすごいと思うよ」

 伊作は首を傾げた。確かに、自分の薬草に対する知識は普通の人と比べれば豊富な方だと思う。けれど、それを特別意識したことはなかった。保健委員として、これくらいは当然のことだと思っていたし、それに何よりも、その薬草を把握する手段として一番手っ取り早いのは、薬草の名前を覚えることなのだ。というか、名前を知らなきゃ何も始まらない。

名前を覚え、その上で姿形や開花時期や効能なんかを覚える。

 伊作がまだぺーぺーの保健委員だった頃、先輩の薬草摘みを見ながらその薬草の名前を口に出して覚えたものである。

 名前を呼ぶということは、その対象を掌握することなのかもしれない。手に入れて自分のものにすることなのかもしれない。

 自分の、もの……。

 伊作は雑渡に名前を呼ばれると嬉しかった。耳の後ろがこそばゆくなって、背中のあたりがきゅっとなる。名前を呼ばれるたびに、雑渡の存在がどんどん親密なものもなっていくような気さえしていた。そんなのは錯覚に過ぎないのだけれど、それでも特別な人に名前を呼ばれるということが、これほど嬉しいものだとは知らなかったのだ。

 逆に、伊作は雑渡の名前を呼ぶことにもワクワクした。雑渡という名前を知ってからというもの、意味もなくただその名前を口にしたくてたまらなくなる。実は、雑渡のいないところでも一人、名前を呟いてはあたふたしている、なんてことは内緒だ。

「伊作くん」

 何気なく呼ばれるだけで、ほら、こんなにも嬉しい。でも、雑渡にとってはこんなこと、単なる呼びかけ作業に過ぎないのだ。なんでもない個人の呼び分けだ。特別なことなんて何もない。

 この人が僕を手に入れたいと思うことなんてあるんだろうか。

 薬草みたいに名前を知って手折って自分のものに……でもな、人間だもんね。そんなに単純にはいかないか。

 伊作はかぶりを振った。ついつい不毛な思考に走ってしまう。

 雑渡がじれたようにもう一度呼んだ。

「ねえ、伊作くんってば」

「何です」

 思わず、声が裏返ってしまった。あんな恥ずかしいことをつらつらと考えていた自分を知られまいと必死になって平静を装う。

 ところが、雑渡がおもむろに伊作の腕を掴んできたので、その努力は水の泡になってしまった。小さく声を上げて飛び上がる。と、雑渡があわてて手を離した。

「ごめん、痛かった?」

「へ」

 雑渡の心配そうな表情に何事かと思って、掴まれた腕を見やる。綺麗な直線を描いて着物が裂けたところに血が滲んでいた。

「いつの間に怪我しちゃったんだろう」

 枝か何かを引っ掛けたのだろうか。しかし、腕は切れていても出血は酷くない。見た目ほど痛くはなかった。

 伊作の間抜けな声に、雑渡はてぬくいを裂きながら肩をすくめた。

「薬草を採ってるそばからこれじゃあ、いくら薬草があっても追いつかないね」

 雑渡のいじわるな言い方に、伊作は頬を膨らませた。そんな伊作の無言の抗議に、雑渡は微笑を浮かべて言った。

「そんな顔の伊作くんも可愛いけどね。ほら、ちょっと沁みるよ。我慢してね」

 雑渡は、先ほど摘んだらいしヨモギを手で揉むと、伊作の腕に擦り付けてきた。そこに裂いたてぬぐいを巻く。

 そんな甲斐甲斐しい雑渡を見ていたら、伊作は自分が怒っていたことも忘れてしまった。怒りだけでなく、薬草摘みに来たことも、伏木蔵がいることも、怪我の痛みも、時間も何もかも忘れてしまっていた。

何も考えられない頭で、ひたすらドキドキしていた。

伏せられた雑渡の睫毛が綺麗で、触れてくる手が意外なほどなめらかで、腕に息が掛かるほど顔を寄せられたときなど、心臓が飛び出るかと思った。ずっと脈が激しくて、体中が熱くなって、こんな乱れた心理が雑渡にばれないかどうかハラハラした。

それでも無益な思考を止められない。

名前だけじゃなく、伊作の全部を持っていって欲しいと切に思った。

 伊作は赤くなった顔を伏せた。

「すみません。ご迷惑を……」

 伊作が自分のドジっぷりにうなだれているとでも思ったのだろう。雑渡はカラカラと笑った。

「これだから、伊作くんのことが心配なんだ。もう目が離せないよ」

「……離さなくていいですよ」

 思わず零れた言葉に伊作は青ざめた。すぐさま自分の口を両手で塞ぐ。

 あれ、今、僕……何かとんでもないことを言ったんじゃ……。

 気が付けば、目の前の雑渡は明らかに戸惑っていた。そんな反応をされるとは意外で、伊作は少しだけ衝撃を受けた。小さな棘がいくつもこころに突き刺さる。お互いに、冗談だとはぐらかすことさえ忘れていた。

 唐突に、拒まれたのだと理解した。

 もう、自分の口の軽さを後悔するしかなかった。

 こんなに近くにいるのに、雑渡がひどく遠い人に思えた。何度名前を呼ぼうと呼ばれようと、これ以上どうにもならない現実を知った。

 あんなに姦しかった木々のざわめきが聞こえない。あんなに鮮やかだった森の色どりも、雑然としたまとまりのないものに感じて落ち着かない。

 さっきまでは何ともなかった腕の傷が、急に痛み出した。

 

 つづく


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