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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 朱―アカ―

落乱SS 朱―アカ― (タソガレドキ)

以前の『朱い鬼灯』の続きのつもりです。
みんなに愛されている尊くんが大好きです。



   朱―アカ―

 

 

尊奈門は激しい渇きに襲われて目を開けた。汗が眉間を伝う。うすぼやけた視界に天井が見えた。部屋に灯りはない。しかし、煌々と照る月がその役割を果たしていた。

 頭が痛い。おまけに腹に疼痛があった。そこが焼けるように熱い。

 はて、と考えて思い至った。忍務から帰還する際、森で倒れたのだ。それから……。

「目え、覚めたのかよ」

 廊下から声がした。月明かりで逆光になっているせいで顔は見えない。だが、声だけで誰かは分かった。

 尊奈門はしゃがれた声で言った。

「……高坂さん」

「ひどい声だなあ。いつもの小鳥のさえずりが台無しだぜ」

 こんなときでも嫌味を忘れないのが高坂だった。

笑いながら首を高坂の方に向けると、尊奈門の額から何かがずり落ちた。てぬぐいだ。

「おい、頭冷やしてんだから動くなよ」

 淡々と言うと、高坂は手に持っていた桶を尊奈門の傍に置いた。ずり落ちたてぬぐいを桶の水で絞り、また尊奈門の額にのせた。

「しっかし、ひどい怪我だったぜ。腹えぐれてた」

「死に損ないました、ね……」

「本当だぜ。お前ってば悪運強いのな」

 高坂が尊奈門の髪をわしゃわしゃと撫でた。明瞭ではない尊奈門の視界でも、高坂が泣きそになっているのが見て取れた。

 尊奈門は笑った。

「組頭に助けられました。そうだ。組頭は今どこへ」

 高坂が顎をしゃくった。高坂から見て、尊奈門を挟んだ反対側だ。視線だけをそちらへやると、そこに雑渡がいた。尊奈門の掛け布に崩れるような体勢で寝ている。

「ずっとお前を看てたんだ」

 尊奈門は目を見開いた。雑渡はすっかり疲弊し、消耗しきっていた。

「あとは俺たちがやるっていうのに頑として聞いちゃくれなくてさ。食事も睡眠もとらずにだぜ。大体、無茶なんだよ。数日、お前を探して走り回ったその身体で、さらに看病しようだなんて、組頭の方が倒れるっての」

 高坂が肩をすくめた。

 尊奈門は息が詰まった。

 自分なんかのために。こんな取るに足らない部下一人のために。雑渡の手のあたたかさが今にしてまざまざとよみがえってくる。一緒に帰ろうと言ってくれたあのあたたかさ。

 自分は見捨てられてもおかしくなかった。そういう状況だった。そういう世界だ。そのことは尊奈門自身、よく分かっている。必要であれば仲間を裏切り見捨てることもある。我々は駒に過ぎない。そう言ったのは組頭だったはずだ。なのに。

 この人は私を探してくれた。いのちを助けてくれた。どうして。

 尊奈門は痛む手を伸ばし、そっと雑渡の髪に触れた。

「なんで私を見捨てなかったのでしょうか」

「お前、そんなこと死んでも組頭の前で言うなよ」

「死んでもって、今この状況でそれは洒落になりませんよ」

 軽口をたたく尊奈門に、高坂は意外なほど厳しい顔をした。

「確かに、俺たち忍者は忍務を優先させる生き物だ。ガキの頃から耳にタコができるほど言い含められてきた。でもな、そんなに簡単に仲間を切り捨てられねえよ。そうだろ。尊奈門。お前だったらどうだ。俺を見捨てるか? 見捨てるっつったら殺す」

「質問しといて、選択肢がないんですけど」

「俺でも、お前が今にも死にそうで虫の息でも、多分助けるぞ」

「そこは絶対って言ってくださいよ」

「だから、いいんだ。お前は、どうして、とかくだらねえこと考えなくてもいいんだ。生きてたんだからそれでいいんだよ。儲けもんだと思っとけ。分かったな」

 高坂が尊奈門の額をぺちっと叩いた。いつものむすっとした表情であったが、きっと照れているのだろうな、と思った。

 尊奈門は嬉しくなった。腹の疼痛が治まったわけじゃないけれど、それでも身体のほうはなんだかすっきりとした感じだ。

 森で意識が朦朧としたとき、もう自分は駄目なのだと思ったとき、帰りたいと思った。生きたいと思った。そして今、自分は再びここにある。タソガレドキに。雑渡の許に。

 また、仲間と共に生きていられる。そう思うと自然と笑みが浮かんだ。

「私、もっと頑張りますね。高坂さんなんてすぐに追い越しちゃいますから」

「おいおいあんまり不用意な発言すると、出る杭は打たれるぜ」

 さり気に怖かった。

 けれど、明るい調とは裏腹に、高坂の顔は沈んでいた。尊奈門の額にのったてぬぐいを取り替えながら言った。

「組頭は色んなものを失いすぎた。失くしてばかりだ。だから、尊奈門までも組頭から奪われていくのかと思ったら、すげえどん底な気分だった」

「高坂さん……」

 驚いた。高坂がそんなことを思っていたとはにわかには信じられなかった。

「そんな。別に私なんか居なくても。私なんかより高坂さんや小頭の方がずっと頼りになります」

 高坂は雑渡の方を見た。その表情はどこか懐かしむような、感傷にひたるようなものだった。尊奈門の視線に気づくと、高坂はゆるゆると首をふった。

「いや。そういうんじゃないんだ。腕っ節の強さとか、そういうんじゃない。俺じゃ駄目なんだよ。なんか、もっと、こう……。お前ってきゃんきゃんうるさいだろ」

「はっ?」

 突然、悪態をつかれて尊奈門は睨みをきかせた。

「誰が犬ですか」

「いっつもうるさくて、明るくて、よく笑って――」

 尊奈門の反論をきれいに無視し、高坂は続けた。

「あれだな。尊奈門は色でいったら、朱だ」

「朱?」

 高坂は頷いた。

「知ってるか? 朱色ってのは、いのちの色なんだぜ。生命力の色だ。太陽の色だ。お前はさ、生きる力に満ち溢れてるよ。元気のかたまりみたいなヤツだ。お前を見てると自然と元気が出てきてやる気もでる。色のない景色にも、さっと色が付いちまう。不思議だよなあ」

 しみじみとそんなことを言う高坂に、尊奈門は目を白黒させた。

 そんな風に見られていたとは露にも思わなかった。

 高坂はまっすぐに尊奈門の目を見て言った。

「だから、尊奈門は組頭の傍にいろよ。あの人にとってお前は生きる理由なんだよ」

「何ですか、ソレ」

「酷い火傷してさ、片目も失くして……。ぼろぼろじゃないか。組頭は一度死んだも同然なんだ。もう、とっくの昔に引退してもよかったんだよ。それなのに、まだ忍者にしがみついてる。あんまりで見てられなかったから、なんで辞めないのか訊いてみたことがある」

 尊奈門はごくりと息をのみ込んだ。

「何で、辞めないんですか」

「まだ、見たい景色があるんだってさ」

「……見たい、景色」

 その光を失っていない方の目で。そこに映したいものとは一体、何なのか。まるで見当がつかない。あの人の健康を、もしかしたら大切な人も奪っていったかもしれないこの世界で、まだ何かを信じているのだろうか。まだ何かを求めているのだろうか。

 首を傾げる尊奈門に、高坂は笑って言った。

「お前のことだよ、尊奈門」

「わ、私ですか」

「ああ。明言はされなかったがな。でも多分そうだと思うぜ。組頭はお前の成長する姿を追いかけていたいんだ。きっとな。失くしてばかりの組頭にとってお前は、希望なのかもしれないな。お前が組頭のぼろぼろな部分を埋め合わせてきたんだ。お前の底なしの明るさは組頭の生きる支えになる」

 尊奈門は目をぱちくりさせた。とてもじゃないけれど、自分にそんな魅力があるとは思えなかった。それでも、どうしてか、こころが慄えた。

 朱色。朱。アカ。

 いのちの色。しるべの色。

 自分は組頭の生きていく目印になれるだろうか。組頭が迷ったとき道を示せる力があるだろうか。

 分からなかった。けれど、一つだけはっきりしていることがある。

 尊奈門は生きている。

あの日、森の中で朱い色と雑渡に救われた。その救われたいのちを無駄にはしない。たとえ、この次に見るアカが血のアカであっても。

高坂が雑渡に掛け布をあてた。相変わらず気持ちよさそうに寝入っている。

 いつの間にか、月は傾いていた。夏虫が静かな声で鳴いていた。

 

 終わり


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