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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 白露 その3 (完)

落乱SS 白露 その3 (タソガレドキ 高坂と尊と小頭)

完です。
47巻を読んで、高坂の性格を勝手に考えてしまいました。
常にひっそりと影で支えている人、みたいな。

拍手を頂きました。ありがとうございました。

   白露 その3

 尊奈門が高坂に謝ることができたのは、翌日の朝だった。早秋の風に消え入りそうな薄日の中、里の入り口に向かって畦を歩いてくる高坂を見つけたのだ。

「済みませんでした」

 尊奈門が頭を下げると、高坂はほんのちょっと困ったようにして笑った。それからうやうやしげに尊奈門の肩を叩いた。間近で見た高坂の装束は湿っていた。髪も皮膚もすべてが水気を帯びているように感じる。おそらく、ずっと霧の中にいたのだと思った。先も見えないような濃い霧の中で、一体何を考えていたのだろう。何を思って、どんな顔でいたのだろう。

俯く尊奈門の横を高坂が無言ですれ違う。高坂は何も言わなかった。かといって、尊奈門を避ける様子もない。ずんずんと里の中心に向かう高坂に、遅れないように歩いた。

 畦を挟んでそれぞれに、稲穂が金色になって揺れていた。まだはっきりとしない陽の光がたわわな金色と交じり合う。

「お前が」

 高坂は急に立ち止まったかと思うと、呟いた。

「お前が何を謝ってるんだか分からないけど。お前は謝る必要ない。お前は事実を言っただけで、何も間違ってないんだから」

 ああ。一緒だ。あのときと全く一緒だ。

 森。子ウサギ。罠。仕置き……。尊奈門は過去の出来事を振り返りながら、高坂の背中を見つめた。

 あのときと変わっていない。この人は、いつも自ら進んで傷つこうとする。そんなのは、見ているこっちが傷つく。人は、よく傷つくし、どうしようもなく脆い。でも。

 尊奈門は大きく息を吸い込んだ。前を歩く背中にぶつけるつもりで言う。

「私、高坂さんが羨ましいんです。高坂さんにちょっと嫉妬してたんです。高坂さんはみんなからの信頼も厚いし、強いし、恰好いいから――」

「おまえなあ……」

 呆れたように高坂が振り返った。うっすらと頬が赤い。照れているのだと気づいて、尊奈門はとたんにおかしくなった。

「そんな恥ずかしいこと、よく面と向かって言えるよな」

「だって、本当のことですもん」

 風が枝垂れた稲の穂先を揺らす。シャラシャラと乾いた音が響いた。

 高坂は立ち止まったまま、毛並みのようにやわらかな稲の海を見ていた。やがて風に消えそうな声で言った。

「この光景は、毎年見ても飽きないな。落ち着く。そこにあるだけで綺麗で、誰の迷惑にもならない」

「高坂さんは、誰かの迷惑になるのが嫌ですか」

「多分、嫌なんだろうな。それに、知ってる範囲で誰かがどうにかなるのとか、耐えられない」

 だから肩代わりをする。その人の傷を自分が負う。

「私は、いつも人に迷惑かけてばかりですよ。迷惑かけなきゃ生きられないってくらいには」

「それは尊奈門が、いつも間違ってないことをしようとしているからだろ。自分のこころに正直に生きようと思えば、誰かに迷惑はかけるもんさ」

 高坂はほんの少しだけ笑った。目を細め、訥々と語る。

「だから、俺は正直じゃないし、いつも間違いだらけなんだろうな。そうやって、間違わずに生きられる奴はいいなって思うよ。尊奈門に色々言われて……。しばらく一人で考えてた。悔しいけど、尊奈門の言う弱点は当たりだと思う。俺は、タソガレドキのためっていうよりかは、組頭のために仕事をしてきて……。だから、組頭がいなくなったら、きっと空っぽだ。何も自分の中に残らないことに気が付いたんだ。馬鹿だろ?」

「そんな……」

 高坂の強張った薄笑いに、言葉が詰まった。

 いつも、いつもいつも、この人はそんな寂しいことをこころの底に潜ませていたのだ。考えて考えて、誰かのために、何かのために、自分は二の次、必要なら気持ちも押し殺す。常に優先順位を考えて、大切にしたいものを壊さないように。組頭とか小頭とか尊奈門のこととかを、いつも考えている。落ち着き払った顔をしているけれど、時々厳しい口調になるけれど、本当はすごくやさしいことを知っている。

 なぜ高坂が強いのか、ちょっとだけ分かった気がした。

「やっぱり、高坂さんはすごいです」

「今の話を聞いて、どこをどうしたらそうなるんだよ。俺はお前が思ってるような羨望の的になる人間じゃない。俺の腕っ節が強いのはなあ、多分、弱点ありまくりで弱っちくて、だから強いんだ。そういうの隠そうとして強くなったんだよ。それだけだ。組頭に見捨てられたら嫌とか、そんなことばかり考えてるうちにこうなったんだ。本当にそれだけなんだ。立派なことなんて一つもない。だから、お前は羨ましがっちゃいけない。これはにせものの強さだ」

 吐き捨てるように言って、高坂は尊奈門を見た。今日、初めてまともに高坂と目を合わせた。少しだけ吊り上った切れ長の美しい目。その双眸が尊奈門を射るように見つめてくる。目の色は強いけれど、その奥にある悲しみがちらついて見える気がした。

 そんな風な目をして、この人はいつも組頭の隣にいるんだ。言葉も想いも呑み込んで、小さくなって。それでも、崩れずにちゃんと立ってるんだ。この人は、自分の生き方に対する覚悟がどれだけのものか、知ってるんだ。

 胸がじわじわと熱くなっていくのが分かった。確かに、高坂には正直さはないかもしれない。でも、間違ってなんかいないし、嘘も偽りもない。一切ない。全部、本物の高坂自身の明確な意思だ。

「本物ですよ」

「え?」

 聞き返した高坂に、尊奈門ははっきりと言った。

「高坂さんの強さは本物ですよ。高坂さんは本当にやさしい。私のつまらない話もちゃんと聞いてくれるし、私をかばってくれるし、私に本当の気持ちを打ち明けてくれたし、いつも誰かのためを思ってる。強さって結局のところ、やさしさの中から生まれるんですよ。だから、高坂さんの強さは本物なんです」

 高坂は目を大きく見開くと、俯いた。

「だから、そういう恥ずかしいことを言うなって」

 口ではそう言いつつも、なんだか嬉しそうだった。尊奈門の意見を否定する素振りはない。

 ふいに、稲穂で何かが光った気がした。目を向ける。露だった。穂先の上にいくつかの白い露が降りている。そこに、太陽が射して光って見えたのだ。

「もう露が降りるようになったんだな」

 覗き込んできた高坂が、感心したように言った。

 もう少し陽が高くなれば、この露も消えてしまうだろう。誰も知らないうちに降りて、誰にも気づかれず消えていく。ここでは、そんな景色がずっと繰り返されているのだ。

 急に、高坂と手を重ねたくなった。高坂の存在を確かめたくなったのだ。

 高坂はすでに畦を歩き出している。その後姿に向かって、尊奈門は駆け出した。

 

 終わり


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