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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 雨のなか

 雨のなか (雑伊)


 雨のなか

「何ていうか……器用だねえ」
 雑渡が感心した様子で言った。隣を歩いていた伊作が見事にすっ転び、尻餅をついたのだ。降り続く雨は森の木々を伸びやかに育てていたが、道の方は随分とぬかるんでいた。どうやらそのぬかるみに足をとられたらしい。
「同じ道を同じ調子で歩いていて伊作くんだけそんなことになってるんだから、これはもう、見事な不運としか言いようがないよ」
「とんでもなく悔しいので、それは褒め言葉として受け取っておきます」
 苦笑いを浮かべながら伊作がそんなことをうそぶくと、雑渡は笑った。思わずどきり、としてしまう。この人の目を細めて笑う顔が好きだった。普段の雑渡からは想像もできないようなやわらかさで笑うのだ。伊作にだけ許された特別な笑顔だった。
 雑渡が手を差しのべてくる。
「せっかく久しぶりに二人きりなのに、雨なんてついてないね」
 伊作も雑渡も、すっかり濡れ鼠だった。
「仕方がないですよ。それに雨の森のほうがしっとりしていて雰囲気があって、ぼくは好きですけどね」
 伊作は差し出された手を迷いなく取って立ち上がった。そのまま雑渡にしがみつく。濡れた装束が互いに貼りついた。そのせいか、普段よりも雑渡の肌が近く感じられた。
「随分と戯れが過ぎるじゃないか」
 伊作は笑った。
「寒いんです」
 そう言うとまわした腕に力を込めた。伊作は雑渡が拒まないことを熟知していた。案の定、雑渡の腕が伊作の身体を包むようにした。
 雑渡の体温を感じながら、自分は随分と小ずるくなったものだと思った。遠慮がなくなったと言ってもいい。でもそうさせるのはこの男なのだ。
「やっぱり……伊作くんは器用だ」
 離れない伊作を見て雑渡が言った。呆れるでも怒るでも感心するでもないその口ぶりは伊作を安心させた。雨のように雑渡の言葉がしみ込んでくる。
 雑渡と会うことを伊作は誰にも明かしてはいなかった。秘密の逢瀬は伊作を特別な興奮に駆り立てたが、しかしどこか後ろめたい気持ちにもさせた。いくさ好きのタソガレドキ城。そこに忍びとして職がある雑渡。片や、中立の立場を貫く忍術学園。そこで学ぶ半人前の忍者の伊作。何をどんなに並べ立てても、不釣合い極まる二人だった。少なくとも敵同士……という訳ではない。だが立場が違うのなら、生活形態も違う。二人きりで、しかも、タソガレドキでも忍術学園でもない場所で会えることなどごく稀であった。
 そんな滅多にない機会を逃す手はないのである。実のところ伊作は、雑渡に甘える口実を作ろうと虎視眈々と狙っていたのだった。そんな伊作に、どうやら雨は味方を決め込んだらしい。雨に濡れて寒いだなんて、これ以上の口説き文句があるだろうか。若さにかこつけた軽はずみな言動を器用だ、とそしられようが苦言を呈されようが気にはならなかった。
 雑渡は伊作がどんなことをしても許した。雑渡が伊作の我がままに振り回されてくれることが嬉しかった。必要とあれば、伊作をたしなめたり正したりしてくれた。だが、決して伊作を突き放すようなことはなかった。始めのうちはそのことを内心喜んでいた伊作であったが、ある時ふっと気が付いた。
 この人は僕が離れたとしても、会うのを拒んだとしても、きっと許してしまう。
 だから、どんな手を使ってでも雑渡にしがみついていかなくてはならなかった。伊作が諦めてしまえば、雑渡は追っては来ない。
 もっとぼくに狂えばいい。
 求めて求めて、離れられなくなればいい。伊作なしでは生きられなくなればい。そのために、伊作の味を覚えさせるのだ。それがどれだけ美味で魅力的で瑞々しいか。
 伊作は濡れそぼったくちびるを雑渡のそれに押し付けた。触れるようにうわくちびるを食む。舌を挿しいれ歯をなぞる。そのまま男の口腔に深く迫ろう頑張るが、こちらの方はまだまだ修行不足だった。
「口吸うのは不器用なんだ」
 雑渡がからかう。伊作の顔は朱に染まった。欲を出したせいでとんでもない恥をかいてしまった。
 伊作は頬をふくらませて抗議した。
「そんなに言うんだったら雑渡さんが教えてくださいっ」
 伊作は、今度は青くなった。勢い任せにとんでもないことを言ってしまった。
 雑渡の手が伊作のあごにかかる。その眼に射すくめられた。その強欲とも思える視線にくらくらした。雑渡は伊作よりもはるかに大人なのだと見せ付けられた。
「実践授業しちゃっていいんだ。まさかそんなお許しが出るとは思わなかったよ」
「えっ、ちょっと、待って――」
「待たない」
 止める隙もなく、雑渡の影が降りてきた。異物が進入してくる。口を深く割られ四方を攻められた。息ができない。頭の隅が痺れた。ずっと待ち焦がれていた痺れだった。
 ああ。狂っているのはぼくの方だ。
 伊作はこの男を味わってみたいと思っていた。まさにノドから手が出るほど望んでいたのだ。ひたすら、この人に溺れてみたいと思った。雑渡に夢中になることで、何もかもを忘れてみたかった。タソガレドキとか忍術学園とかいくさとか血のにおいとか深い傷とか呻き声とか。
 世の中は混沌としていた。目を背けたくなるような日もあった。怒りの熱で身体がからからに乾くとき。悲しみの熱でこころがどろどろに溶けるとき。そんなときは、ひたすら雑渡に会いたいと思った。渇望した。
 雑渡は伊作を癒した。そのすべてが伊作の中にやさしく沁みこみ、不要なものを洗い流した。まるで雨に当たっているようだった。
 伊作は雑渡といると美しくなれた。
 つと、くちびるが離れた。余韻を惜しむように抱き寄せられる。意識が森の翠に深く潜っていく。目を閉じれば雨の匂いがした。

 終わり 


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