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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 遠い朝

   遠い朝 (雑伊)
 

 暮れていく庭がみえる。鈴虫が何かを探すように鳴いていた。
 その人恋しくなるような響きに耳を傾けながら、伊作は男の背に問いかけた。
「あしたは、早くに発つんですか」
 医務室前に座り込んだ雑渡がうなずく。
「うん。ちょっとした遠出になるからね」
 そうですか、と男の隣に座りながら伊作は言った。
 夜に変わる前のわずかな茜色が、二人の膝を染めている。
「雑渡さん」
 雑渡が首を傾けた。先ほど取り替えたばかりの包帯が白々としていた。
「今回のいくさは、終息するまでにどれくらいの月日がかかるんでしょうか」
 うーん、と雑渡がうなる。
「分かんないなあ。その状況にもよるしねえ」
「そ、そうですよね……」
 伊作はあわててうつむいた。つまらないことを聞いてしまったと思った。
 今は雑渡と話ができる限られた時間なのだ。少しも無駄にはしたくない。
 山の端に隠れようとする夕日が恨めしかった。
 雑渡から、いくさがあると聞いたのは何日も前のことだった。
 城就き忍者ともなれば、ありきたりな仕事のひとつだろう。
 でも、伊作にとっては違った。
 もちろん、いくさなんていつもどこかで起こっている。どこかで起こってどこかで勝手に終わっているのだ。勝ったり負けたりするのもどこかの知らないだれかだ。
 でも、今目の前に突きつけられたいくさは、どこかのだれかじゃない。
 雑渡なのだ。
 憎からずも思っている人間が、生き死にを賭けるような場所に赴こうとしているのだ。
 伊作は、突然に安逸とした日常を裂かれた気持ちになった。
 そのばらばらになった気持ちを立て直せないまま、今日まで来てしまった。
 明日、雑渡は遠くへ発つ。
 うつむいたままの伊作に、雑渡は明るく言った。
「しばらくお別れだけどさ、またすぐに会えるよ」
 伊作はうなずかなかった。うなずけなかったのだ。
 この人が無事に帰ってこられるなんて、分からないじゃないか。だれにも分からない。
 ぎゅっと目を閉じた。目の裏が赤々と灼けるようだった。
 いつもこんな思いをしている気がする。じっと待つだけ。
 そのことは伊作を支えもしたけれど、苦行と思える一因にもなった。
 こころが弾むというよりは、ただ辛い。
 ふいに、膝に圧力がかかった。何事かと目を開ける。
 座った伊作の膝に、雑渡の頭があった。横になって寝ているのだ。
「……なにしてるんですか」
「ちょっと借して」
 言うなり、雑渡が太ももに頭をこすり付けてきた。とろけそうな顔をしている。なんとも気持ちよさそうだった。
 そんな姿を唖然と見ながら、伊作は頬をひきつらせた。
「男の膝枕なんて、居心地悪いだけでしょうに」
「ここより他に居心地いい場所なんてないよ。まさに極楽。一番よく眠れそうなんだ」
「恥ずかしい人……」
 内心呆れつつも、意に反して顔は赤くなってしまう。
 それを見て、雑渡がくすくすと笑った。笑いながら手をのばし、伊作の流れ落ちた髪をからめとる。
「伊作くんにはいろいろと借りがあってまだ返せてなくて。だから、きっとわたしは帰ってくるよ」
 急にまじめな視線をむけられて、伊作は息をのんだ。
 雑渡が伊作をなだめようとしているのが分かった。
 それでも、伊作の眼裏は熱を増していく。とめられなかった。顔がゆがむ。
「ぼく、伏木蔵に言っちゃったんです」
「何て?」
「雑渡さんは大丈夫だって。無事に帰ってくるって。だから――」
「だから?」
 雑渡がまっすぐに見つめてくる。その眼はいけない。その眼はいつも伊作をあらわにしてしまう。
「だから、死んじゃ嫌です……」
 目頭が熱い。のどと鼻の奥がじわじわして、ずっと我慢していたものがあふれてくる。
「ぼくを嘘つきにしないでください」
「伊作くん……」
「雑渡さんも嘘つきにならないでください。できないことは言わないでください。守れない約束ならしないで」
 声がふるえた。くちびるを噛みしめる。
 自分でも何を言っているのか分からなかった。ほとんど脅迫にちかいことを口走っているような気がする。
 雑渡はゆっくりとまばたきをした。そして少し笑った。
「伊作くんはあったかいね。すごくあったかい。……またここで眠りたいな」
 そう言って、雑渡は自らの四肢を少し丸めた。
 急に雑渡のことが小さな子どものように思えた。心細さに何かに縋るような姿だった。
「ぼくの膝枕なら、いくらでも貸してあげますよ」
 雑渡がわずかにうなずいた。その黒い髪にそっと触れてみる。陽の匂いがした。
「わたしはここに帰ってくるよ。必ず起こりうる未来にしてみせるよ」
 まるで予言だ。でも、そのことばの響きには少しもブレがない。雑渡の強い意志が伝わってくるようだった。
「明日からのわたしはタソガレドキのために在るけれど、それが終わったら伊作くんにわたしの時間をあげるよ」
「何言って――」
 雑渡が首をふる。
「伊作くんからは与えてもうばかりで。それくらいしか返す方法を思いつかないんだ。だからわたしは死なない。わたしも伊作くんも嘘つきにさせない」
 伊作は深くうなずいた。
 雑渡が伊作の髪にくちびるをそわせた。その慈しむような安らかな
 少しだけ足が痺れていた。でも、なぜか今はそのことが心地いい。この重さ。雑渡の頭ひとつぶんの重さだ。それをいつでも受けとめたいと思った。雑渡の言う未来にその機会が与えられるのならば、清らかな重さを一身に受けとめたい。
 鈴虫が鳴いている。消えそうでなかなか消えない応酬が続く。次から次から溢れてくるいのちの応酬。
 空に一番星がかがやきはじめた。
 深い静寂に小さく遠い朝を思った。

 終わり

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