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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 今、ほかになにも その1

落乱SS 今、ほかになにも その1 (タソガレドキ) 雑渡、高坂、尊奈門

タソガレドキはノーカプを貫いています。
しかも、その1ですから、その2に続きます。
雑渡に陣左と呼ばせたい。ただそれだけ。己の正義のために書きました。

 

   今、ほかになにも その1

 

 こぷんっ、と水が盆にのせた茶碗の中でうねり砕ける音をたてた。使い込まれた廊下に初夏の陽が白く照りかえっている。蝉のさんざめきを聞きながら、高坂陣内左衛門は眩しさに目を細めた。今日はいつにも増して日差しが強い。

組頭である雑渡昆奈門の城内自室に向かうため、陣内左衛門は平素からこの廊下を利用していた。その度に、よく磨かれた美しい廊下だと思っていた。氷のように冷ややかで滑らかでツヤがあり、場合によっては歩く者の姿が映り込むこともあった。

 午が近づくにつれ太陽が濃くなっているようだった。その熱気に急かされるようにして、陣内左衛門はふいに早足になった。盆の茶碗も、早足にあわせて固い音をたてていた。

 早くしなければ、せっかくの冷たい清水が台無しだ。

 盆を廊下に置き、部屋口の戸の脇に控える。

「高坂陣内左衛門参りました」

 目通りを請うと、部屋の中から太平楽な声が聞こえた。

「勝手に開けてどうぞー。ただし、超せくしーに着替え中だけどねえー」

「何をアホな事……。失礼しますよ」

 半ば、雑渡を無視する形で陣内左衛門は戸を引いた。盆を持ち、部屋に足を踏み入れる。と同時に、僅かに足元の板床が沈んだ。まったくもって嫌な予感がした。タソガレドキ忍者としての勘……というよりかは、ここが悪戯好きの雑渡昆奈門の部屋だからだ。

視界の端に影が見えた瞬間、頭よりも身体が先に動いた。左右から無遠慮も甚だしく数本の矢が飛んでくる。陣内左衛門は盆を上に放り投げた。そのまま自身を前に転がし、矢を難なくかわす。着地したところで構えていると、手に盆が降ってきた。計算通りである。もちろん、茶碗の中の水は一滴たりとも零れてはいない。矢は、それぞれに放たれた方向とは逆の壁に虚しく突き刺さっている。陣内左衛門の装束さえ捕らえることは叶わなかった。

陣内左衛門がやれやれ、と嘆息したその瞬間、部屋の奥から笑い声が漏れた。

「くくっ。すごいねえ。なんか動きが芸術的だったよ。軽業でもやっていけるんじゃない?」

 雑渡は嬉々としてはしゃいでいる。着流しに襟元をくつろげ、足をだらしなく投げ出して部屋の壁にもたれかかっていた。

「……組頭。こんなガキみたいなことして、何が楽しいんですか。壁に穴まで開けて。誰が直すと思ってるんですか」

 直すのは多分、尊奈門だから痛くも痒くもないけれど。

 団扇を泳がせるように動かしながら、雑渡は特に意に介した風もなく言った。

「そんなのお前が矢を避けるからだろ、陣左」

 避けるからって……。あんた俺を殺す気かよ。

「壁に穴が開かなきゃ、私に穴が開きます。クソ暑くてイライラしてるんですから、過分に私を怒らせないで下さい」

「おや、だったら丁度良かったじゃない。穴が開けば風通しがよくなって涼しくなるよ」

 上手い具合に言い負けてしまった。大体にして陣内左衛門は、雑渡に口喧嘩で勝ったためしがないのだ。小さい頃からそうだった。雑渡は誰とでも本気で会話をする男だった。

 同じタソガレドキの村で育ったから、雑渡とは面識が無きにしもあらずだった。けれど歳は違う。干支が一回り違うのだ。陣内左衛門が物心もつかない頃、雑渡はとっくに忍者隊で働いていたのである。

今となっては、たとえ干支が一回りしようと宙返りしようと、愕然とした年齢の差は感じない。が、子ども時分の十二歳の差は渓谷よりも深い。完全にガキとオトナだ。

 雑渡は、ほんの小さな子どもでしかなかった陣内左衛門の言いがかりにも正面きって切り返してくる男だった。そんな大人は陣内左衛門の周りにはいなかった。本当に、とんでもないくらい大人気なく言い負かすのである。雑渡は絶対にごまかしたり面倒くさがったりせず陣内左衛門に向かってきた。くだらない言い合いをしたことが数え切れないくらいある。

 忍者として禄を稼ぐようになった今は、そんなガキみたいな喧嘩はしなくなった。チビと呼ばれることもなくなった。そのかわりに、陣左と呼ばれるようになった。どうやら陣内左衛門を略したものらしい。品のない呼び名だけれど、実は気に入っていたりする。でも、たまに、昔のように呼ばれたいと思う時もあった。なぜかは分からないけれど。

 さて。こんな感傷に浸っている場合ではない。

 陣内左衛門は、ご機嫌な様子の上司の側に盆を置いた。

 盆にのせられた茶碗を見て、雑渡が視線だけで問うてくる。

「水です。さっき山から汲んできました。最高に冷たいですよ。ああ、もっとも、組頭が変な悪戯さえしなけりゃ、今以上に冷たいままでお出し出来たんですけどね」

 時間は食ったが、さほどぬるくなってはいないだろう。

 気だるそうにして、雑渡が茶碗に手を伸ばした。が、寸でのところでその手を止める。

「陣左が飲んでいいよ」

「はあ」

 せっかく汗水たらして汲んできたのに、何を言い出すんだこの人は。

「わたしなんかより、陣左の方がノド乾いてるんじゃないの」

「いい加減にして下さい。組頭が飲めないってんなら、口移しで無理やりにでも飲ませますよっ」

「ほう、それもまた一興」

「アホ言ってないで、早く飲んで下さい。組頭の場合、いのちに関わるんですから」

 鼻息も荒い陣内左衛門に、雑渡は目を見開いた。やがて無言のまま雑渡は茶碗に口をつけた。

 陣内左衛門は息をついた。安心したのだ。正直、この部屋に入って雑渡を見たとき、陣内左衛門はぞっとしたのだ。部屋の壁に身体を預けた雑渡の姿はあまりにも脆弱で、生きている気配が薄かったからだ。息をしているのがやっとのような。身体を起こしているのがやっとのような。瞼を開けているのがやっとのような。そんないのちの希薄さがあった。

 雑渡の身体の大半は包帯で覆われている。過去に負った大火傷のせいだ。薬を塗っているため過度に悪化することはないが、しかし。

 完全回復することは、かなり難しいのだと聞かされていた。元の身体には戻らない。元の健康は戻らない。過去には戻れないのに、それでも、過去にあったことはこれから先もずっと、その身体を苦しめ引き裂き続けるのだ。

 こんな理不尽はない。

 その治らない火傷は、体温調節の不具合をもたらす。つまり、今日みたいに暑いとき、陣内左衛門であれば汗をかいて体温を下げ、あとはひたすらイライラしていればいいのだ。だが、雑渡の場合はそうもいかない。火傷した部分は発汗できないのだ。だから、ただひたすら熱があるように身体が燃える。しかも雑渡はその苦しいことを決して人には見せないし言わないのだ。常に辛さを内に籠もらせている。

 雑渡のノドが上下するのを、陣内左衛門は静かに見守った。雑渡の口から茶碗が離れる。それを受け取り、盆に置いた。

「いやー。生き返ったあ。陣左の水は特別おいしい。うん。元気出てきた」

 嘘ばっかり。

「そんなに早く元気になるわけないですよ。まったく、痩せ我慢しちゃって」

「だって、男の子だもん」

「――だってって……」

 痩せ我慢するのが強さかよ……。

 けろりとした顔で言う雑渡に、陣内左衛門は首を振った。

「そういうのは強さとは言わないんじゃないですか」

「……ねえ、陣左。心配しなくても大丈夫だよ。まだ、身体半分生きてる」

 雑渡の声色ががらりと変わった。陽気さは微塵もない。頭の中に直接響いてくるような低い声だ。その声が陣内左衛門の身の内をえぐる。

 身体半分。半生半死。

 雑渡は微笑を浮かべていた。苦しそうに肩で息をしながら口角をつり上げるその姿は、陣内左衛門のこころをきゅっとさせた。

 ほら。ほらな。この人はすぐに笑う。すぐにそういう何でもないって顔して笑う。

 何でもないわけないのに。

 それでも。と思う。

 雑渡はこれから先も辛いとか苦しいなんて口が裂けても言わないだろう。それは陣内左衛門や他の部下を信用していないからではない。まして、男の沽券とか矜持とかそんなちんけなもののためにじゃない。

 それは、雑渡がタソガレドキ忍者隊の組頭だからだ。きっと、陣内左衛門が組頭でも同じ態度をとっただろう。上に立つ者が下に付く者に弱い部分は見せられない。負の感情は伝播する。上の頭が頼りないと、下の手足はもたつく。

だから痩せ我慢もしょうがない。作り笑いもしょうがない。

 そう自分を諌めてみても、ささくれ立った感情はなかなか消えてくれなかった。

なんでそんなへらへら笑ってられるんだ。

 詰りたかった。それは許されることではないけれど、でもとにかく陣内左衛門の中でうごめく情動を鎮めるのには酷い言葉が必要な気がしたのだ。もしかしたら、自分は雑渡と諍いたかったのかもしれない――昔みたいに。

憮然とした表情のまま雑渡を見つめた。相変わらず団扇をもて遊びながら笑っている。陣内左衛門は何か言いかけて、半ば開きかけた口を閉じた。何も言えなかった。雑渡の目があまりにも静かだったからだ。遠くを見るような悟ったような、そんな不思議な色をしていた。

 陣内左衛門はくちびるを噛み締めた。こぶしを握りこむ。

「畑に行ってきます」

 それだけ言うと、陣内左衛門は踵を返した。部屋を出て、後ろ手に戸を閉める。途端に日差しが襲ってきた。目の前が真っ白になる。蝉が覆いかぶさるように鳴いている。炎天下を歩きながら、雑渡の「大丈夫」という言葉だけが耳の奥でわんわんと響いていた。

 つづく

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