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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 今、ほかになにも その2

落乱SS 今、ほかになにも その2 (タソガレドキ) 雑渡、高坂、尊奈門

その1の続きです。
やたら、きゅうりが出てきます。本当はトマトにしたかったけど(トマトが大好きだから)
この時代にはまだ渡来してなかったらしいので。無念。

   今、ほかになにも その2

 

 畑には先客がいた。陣内左衛門の姿を見つけると、緑に埋もれた件の人物は大仰に手を振った。

「もし暇だったら高坂さんも手伝って下さいよー」

 その暢気な声に脱力した。畑に向かって声を飛ばす。

「……おい、てめえ。尊奈門のくせに俺に命令してんじゃねーよ。十年、いや百年はえーんだよ。大体俺は暇じゃねえっつの。お前と違ってな」

 後輩である諸泉尊奈門はぷっくりとした頬をさらに膨らませて抗議した。

「そんな酷い言い方しなくてもいいでしょ。それに尊奈門のくせにって何ですか」

 ぷんすか怒りながら、尊奈門は野良着の袖を振り上げた。その手にはきゅうりが握られている。

 陣内左衛門は畑に下りた。ずらりと並んだきゅうりの葉が野良着の裾に絡みつく。毎年のことで圧倒されるが、きゅうりは丈夫で成長が早い植物だった。どれもが陣内左衛門の肩ほどに育ち、たくさんの実をつけていた。毎日世話をしている甲斐があったというものだ。

「なんやかんや言って、結局手伝ってくれるんですよね、高坂さんは」

 尊奈門がにんまりと笑った。鼻の頭が陽に焼けて赤くなっている。

「うっせ。もともと俺はきゅうりもぐために畑に来たんだ」

 実を一つもぐ。つややかな緑の実には立派な棘がいくつも並んでいた。美味いきゅうりの証拠だ。

 陣内左衛門はその実を籠に入れた。

 尊奈門が手を休めないまま問うてきた。

「午は山に行くって言ってなかったですか」

「山には朝行って来た」

「えー、じゃあわざわざ私のために手伝いに来てくれたんですかああ」

 感動に打ち震えている後輩に水を差すのはさすがに躊躇われた。でも、まあ、喜ばせてやる義理もない。

「尊のことなんて眼中にねぇよ。本当、お前はお気楽でいいよな。きゅうりと逢引きしたかったらいくらでもしてろよ」

「うわっ。酷っ。持ち上げといて落とすなんて。ええ、ええ。いいですよ。別に悲しくなんかないですよーだ。一人でできるもんって感じですよ」

 フグも真っ青なくらいに頬を膨らませた尊奈門に、陣内左衛門はおもわず吹き出した。

「あはは。お前その顔」

「私、本気で拗ねてるんですからね」

「分かった、分かった。悪かった。ちょっと自分にイラついてたんだ。八つ当たりなんかして悪かった」
 陣内左衛門は顔の前で手を振った。尊奈門が虚を突かれた顔で
、大きな目を瞬かせていた。本当に驚いているらしい。

「珍しいですね。高坂さんが謝るなんて」

「長生きしたいんだったら、余計なことは言わないほうがいいぜ。なんなら、この採れたて新鮮きゅうりでお前が斬れるかどうか試してみてもいいんだぜ。今すぐに」

 きゅうりを尊奈門の頬に擦り付ける。尊奈門の顔がきゅうりみたいに青くなった。

「済みません。ごめんなさい。長生きしたいです。勘弁して下さい。お願いします」

「よし」

 このじゃれ合いは、二人の日常だった。ほんのお遊びだ。ただ、そう思っているのは陣内左衛門だけで、どうやら尊奈門はいつか本当に生命を奪われかねないと危惧しているらしいが……。まあ、それはさておき。

 額から流れる汗を袖口で拭いながら、陣内左衛門はぼんやりした。雑渡の笑った顔が頭の片隅にこびりついて離れない。その笑顔を陣内左衛門は、痩せ我慢の作り笑いだと言ったが、しかし、実際どうなのだろうか。確かに、忍者は人を欺くことに関しては長けている。雑渡だって、誰かを騙すことくらいわけないだろう。きっと息をするみたいに簡単にやってのける。けれど、雑渡自身まで騙せるだろうか。偽れるだろうか。誰かに嘘をついても己だけは分かってる。嘘などつけない。だから自分に嘘をつくと、自分を偽ると、苦しい。苦しいのに、あんなに朗らかに笑えるだろうか。あんな満足した笑みを浮かべられるだろうか。とてもそうは思えなかった。

 あの人の笑った顔は本物だった。分かりすぎるくらいに分かっている。自負してもいい。あの人と一緒にいた歳月は伊達じゃない。物理的にも精神的にも近い場所にいたし、これからもあり続ける。
 だからこそ思うのだ。あれは、あの笑顔は真実だった。
 切迫し緊迫し余裕の欠片なんて微塵もないのに、それでもあの笑顔は、組頭自身からゆっくりと染み出してくる透きとおった水みたいにきれいだった。

「なあ、尊」

 間合いを取るように避難していた尊奈門がこちらを向いた。安全を確認しながらおそるおそる近づいてくる。

「何ですか」

「お前、覚えてるか」

「だから、何をですか」

 焦れた様子の尊奈門に、陣内左衛門はただじっと前を見ながら言った。

「……組頭が、大火傷したときのこと……お前は覚えてるか」

 一瞬、尊奈門は黙り込んだ。陣内左衛門の方にちらりと視線を走らせる。しかし、それも仕方のないことだった。雑渡の怪我についての話は隊内でご法度だからだ。ややあって、尊奈門は深くはっきりと返事をした。

「はい。今でも鮮明に。当時、私はほんの子どもでしたけど、それでも忘れたことはありませんし、多分一生、死ぬまで、忘れられないでしょう。なんていうのか、天地がひっくりかえるくらいに驚いて、世界が真っ暗になって……。死人が帰ってきたのかと思いましたから」

 死人。

 陣内左衛門はその表現を言いえて妙だと思った。まさに、あのときの雑渡は死ぬ一歩手前だった。もう、黄泉に片足どころか首のまで突っ込んでいるような状態だった。

「ああ、俺も同じだ。立ちすくんだままで……。俺は何も出来なかった」

 目を閉じれば現実よりも鮮明に、そして事実よりも残酷に浮かんでくる。赤い炎が雑渡を舐め、喰らい、その身体だけじゃ飽き足らず、いのちまでもむしゃぶり尽くそうとした。結果、雑渡は人の造形を失くしていた。少なくとも、当時のあの姿を見て、人間と呼称できるかと問われたら、十人中……いや、やはり誰だって否と答えるだろう。

 陣内左衛門は手の中の細長い果実を見つめた。あざやかな緑が痛いくらいに目に沁みた。世界にはこんなにも輝かしいものが溢れているという事実にくらくらした。無力な自分がとても矮小に思えてきた。

「組頭があの怪我を負ったとき、俺は何も出来なかった。何も……。組頭の宿命なのか、天命なのか知らねえけど、とにかく俺は、組頭を取り巻く厄災に歯が立たなかった」

 陣内左衛門は歯噛みした。あの時のことを思うとひたすら己に腹が立ってならなかった。雑渡の火傷が完治しないように、この思いも朽ちることはないのだ。

 ただならぬ気配を感じてか、尊奈門が心配そうに声を低めた。

「高坂さん。苦しいのは今も昔も組頭自身です」

「分かってるさ。分かってるんだ。けどな俺は、俺はあの時何をしていた。普通に腹が減って飯食って、普通に雑用だったけど仕事して風呂入って、朝も昼も夜もいやらしいくらいに普通だった。組頭は普通じゃなかったのに。死の淵にいて辛苦にもがいていたのに」

「やめて下さい」

 尊奈門が声を荒げた。

「そんな自分を卑下するみたいな言い方はやめて下さい。だって、何も出来なかったのは当たり前でしょう。しょうがなかったでしょう。治療の邪魔だからって、近寄らせてもらえなかったんですから」

「しかし――」

「しかしも案山子もありませんよっ」

 憤懣やるかたない様子で、尊奈門が詰め寄ってきた。

「いいですか、高坂さん。あの時、私たちは組頭のことをただひたすらに信じていました。あの人の明日を切に願っていました。そうでしょ。絶対にこの人は死なない、生きてくれるって。生きて欲しいって心の底から思ってた。違いますか」

「尊――」

「本気で信じていたから、だからあの時、高坂さんは組頭を守ったんでしょう。処分しようと刀を構えた大人たちから、組頭を……。高坂さん、必死になって抵抗しましたよね。顔もわかんなくなるくらい殴られてましたよね。それでも訴えることは止めなかった。高坂さんの目は真っ直ぐでした」

「お前、記憶力いいのな」

「茶化さないで下さい。その甲斐あって今、組頭は生きているんですから。私たちの目の前に居てくれるんですから。高坂さんのやったことは大きいですよ。もっと誇っていいですよ。今だって、高坂さんは組頭のために手探りで頑張ってる。暑い日に山に行くのも、冷たい水を得るためでしょう。こうやって畑できゅうり育ててるのだって、きゅうりが身体を冷やす効果があるからでしょう。全部、組頭のためなんでしょう。高坂さんは十分を十乗したくらい組頭に尽くしてます。だから、何も出来なかったなんて悲しいこと、言わないで下さい。大事なのは今ですよ。私たちは過去でも未来でもない、今を生きてるんですから」

 尊奈門の双眸がはっきりと陣内左衛門を捉えている。肩で息をしながら、流れる汗を拭うこともせず、じっとこちらの言葉を待っているようだった。

 今を生きてる。

 確かにその通りだった。自分もこの後輩も、そして組頭も。わけ隔てなく、背負ってきた過去に関わらず、背負っていく未来に関わらず、今を生きてる。それは非常に曖昧で、いつまで続くか分からない事象だ。誰もが平等に、この不安定な今を生きてる。今を生きぬこうとしている。余所見をしたり振り返ったりしている暇はないのかもしれない。

 陣内左衛門は深呼吸した。膨張した熱気がノドを伝い胸を熱くさせる。首に巻いた手ぬぐいで、生意気な後輩の汗を拭いてやった。

「俺は、俺自身が許せなかったんだな。自分の不甲斐なさに腹が立ってたんだ」

 陣内左衛門は息を吐き出した。

「組頭に笑顔を向けられると、無条件に許されてるような気分になって、それで居心地悪くてイラついてたんだ」

 こころは誰よりも傍にありながら、何も助力できなかった。だからこそ、あの人が幸せそうに笑うと八つ裂きにされたように苦しくなった。あの人の半身を思い、果てしなくもどかしくなるこの一身があった。けれど、でも。

 今出来ることがある。そして、今大事にしたい人がいる。

「よし、自己嫌悪は終わりだ。組頭にきゅうり持って行こうぜ」

「ちょ、ええ。高坂さん、立ち直り早すぎませんか。ついていけません」

 困惑する尊奈門を小突き、陣内左衛門は笑った。

「なめんなよ。俺の立ち直りの早さは組頭直伝だぜ」


 つづく

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