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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 今、ほかになにも その3 (完)

 落乱SS 今、ほかになにも その3 (タソガレドキ) 雑渡、高坂、尊奈門

 完結しました。させました……。


 

   今、ほかになにも その3

 

 雑渡の自室の戸を開け、尊奈門を先に行かせた。案の定、矢が降り注いだ。

「ぎゃー、うわー、きょえー」

 もはや擬音しか発しない尊奈門を無視し、陣内左衛門は雑渡の側に膝をついた。きゅうりを持ってきたと告げると、雑渡の顔がほころんだ。

「ちょちょっ、組頭っ。何平和な顔してきゅうりかじってるんですか。一体これは何なんです。矢が、矢が私を――」

「何だ、生きてたのか」

 残忍なことをさらっと言う陣内左衛門に、尊奈門は真っ赤な顔で憤慨した。

「生きてたのかじゃないですよっ。これだから組頭の部屋に行くのって嫌なんですよ」

「何だよ。怪我しても労災下りるんだぜ。さすがだよな。タソガレドキ」

「そういう問題じゃありませんっ」

「あ。でもコレ仕事じゃねえから労災無理だわ。大体、お前は引っかかりすぎなんだよ。学習しろよ。その頭はどでかい飾りか」

「あー、壁っ。またこんなに穴がっ。私が直すんですよ。ねえ、私が直すんですよ」

「二回も言うなよ」

「言いたくもなりますよ。もうっ」

「牛かよ」

 卒倒しそうな尊奈門に、雑渡は腹を抱えて笑った。

「いいね。やっぱ尊くんだわ。最高ー」

「元はと言えば、くーみーがーしーらー」

 尊奈門の目が怖かった。怨念のこもった恨みがましい目だ。夜中、枕元に立ってそうだった。

 陣内左衛門はやれやれ、と首を振った。

「諦めろ、尊奈門。きゅうりでも食って機嫌直せ」

 据わった目の後輩にきゅうりを手渡す。と、尊奈門の手がにゅっと伸び、陣内左衛門からきゅうりをまとめて奪っていった。がつがつときゅうりのヤケ食いが始まった。

 そんな様子つくづくと見て、雑渡は笑った。

 尊奈門の目が鋭く雑渡を捉える。

「いいふぇふよふぇー、ふみふぁふぃはあー」

「食うかしゃべるかどっちかにしろ。耳が腐る」

 陣内左衛門が睨みをきかせると、尊奈門は黙り込んだ。どうやら食べるほうを選んだらしい。すべてを飲み下して、尊奈門は口を開いた。

「いいですよね、組頭は。毎日すっごく楽しそうで」

 雑渡は目を瞬かせた。慌てて陣内左衛門がたしなめる。

「おい、尊。言葉が過ぎるぞ」

「とか何とか言って。本当は高坂さんだってそう思ってるんでしょう」

 核心をついてくるその言葉に、陣内左衛門のノドはぐっと詰まった。おっちょこちょいなところがある尊奈門ではあるが、時々、油断ならないことを言ってのけるのだ。

 部下二人の攻防戦に、雑渡は声を上げて笑った。

「そうか、楽しそうか。うん。お前はどう思う、陣左」

「へ」

「へ、じゃなくて。わたしのことをどう思う。楽しそうに見えるとか、つまんなそうに見えるとか」

 きゅうりをかじりながら、しかし真剣な面持ちで問われ、陣内左衛門は怯んだ。どう答えていいのか分からない。実際、雑渡だって楽しいばかりではないだろう。当たり前だ。そんなこと、考えなくても分かる。死の淵を這いずり、仲間からは見限られ、仮に生きながらえたとしても隊への復帰は不可能だと、誰もが口を揃えて言った。だれも雑渡を望む者などいなかった。望めば殴られた――陣内左衛門がそうされたように。それが、雑渡が元気になるとどうだ。みんな手のひらを返したように彼を求めた。雑渡は不平なんて一言も言わず、従順な駒の一つに立ち返った。思い出しただけでも馬鹿馬鹿しくて……腹が立つ。
 でも。

 色々と思うところはあるけれど、言葉を飾るのは得意じゃない。おべっかを使ったり、こころにも無いことを口にするなんて出来なかった。陣内左衛門の性分なのだ。

 ぽつりと、呟くように言う。

「私にも、とても楽しそうに見えます」

「ほらね、やっぱり」

 尊奈門が、まるで鬼の首でも取ったかのようにあごを反らす。

「うるせー。しょうがねえだろ、そう見えんだから」

 ぎゃいぎゃい言い争う二人の部下を見て、雑渡は密やかに笑った。まあまあ、と宥めながら、可愛いものでも見るように目を細めた。

「そうか……。それならよかったよ」

 雑渡は心底ほっとしたように言葉を漏らした。包帯の巻かれた腕を、今までの歳月をいたわるように撫でている。それは美しく、そしてかぎりなくやさしい動作に思われた。

 雑渡はゆっくりと言葉を紡いだ。

「だって、この身体は、お前たちに随分と助けられてきた身体だもの。これでつまんなそうに生きてたら罰が当たる。実際、つまんない時間なんて一つもないしね。今だって、お前たちの漫才を見てるのは本当に楽しいし。せっかく与えてもらった残り時間だ。死んでるみたいに生きたくないんだ」

「……組頭」

 この人がそんな風に思っていたなんて知らなかった。一言ひとこと、噛み締めるように発された言葉が、この胸を鷲づかみにする。爪が胸に深々と刺さり、今にも押し潰さんばかりだ。とても――苦しい。

 陣内左衛門は目を伏せた。

「私は、組頭が生きててくれて本当に嬉しいです。これからもずっと、組頭を支えていきたいです。でも、時々……ふいに思ってしまうんです。自分がやったことは本当に正しいことだったのかって……」

「高坂さん、それは――」

 見守っていた尊奈門が唾を飲み込んだ。陣内左衛門は深く息をつき、そして言った。

「怨んでませんか……あなたを死なせなかった私のことを」

「高坂さんっ」

 目を剥いて叫ぶ尊奈門を、雑渡が視線だけで制した。そして、首を横に振る。

「わたしは、陣左の正しさに救われたんだ」

「でも、救われた先に待っていたのはとんでもない辛苦だった。違いますか」

「陣左」

「治らない傷背負って、責任ある立場にのし上げられて……」

「陣左」

「出来ない、不可能、苦しい、辛いなんて絶対に言うことを許されない。そんな生活をずっと強いられてるじゃないですか。これのどこが救いですか。楽しいことなんて一つも無い。私の偽善が組頭を苦しめているのだとしたら、私は――」

 忘れたはずの言葉が、次々に口をついて溢れてくる。包帯の隙間から見える片目に向かって、鋭い視線を投げた。

しかし雑渡は、陣内左衛門の視線など意に介さず、さも当たり前だという風に言った。

「どこが救いって……そんなの決まってる。お前たちがいてくれることでしょ。それ以外ないじゃない。陣左や尊奈門がわたしといて笑ってくれるから、だからわたしも笑えるんだよ。とっても簡単なことでしょ」

 雑渡がにっと笑った。子どもの頃からちっとも変わらない。陣内左衛門の好きな顔だった。穏やかであざやかで、陣内左衛門のこころの隅々まで照らし出すような笑顔。だからこの人の前で嘘なんてつけないし、余分な言葉もいらない。いつも正しくありたいと思わせてくれる。大切な笑顔だ。この世にたった一つきりの。

 そう。雑渡昆奈門は一人しかいない。刹那、その事実に気づき眩暈がした。今、ほかになにも、雑渡に重なるものはない。雑渡は雑渡だけ。それだけだ。ほかになにもない。誰よりも確かに今を生きてる。それがこんなにも嬉しいだなんて。

雑渡の手が陣内左衛門の頬を撫でた。真っ直ぐに見つめてくる。それだけなのに、不覚にも泣きそうになった。

「陣左。もっと自分に誇りを持っていいよ。偽善? 冗談じゃない。どんな正しさにも絶対的な基準はないけれど、でも。陣左の正しさはわたしにとっては本物だった。もちろん、尊奈門や、わたしを支えてくれるすべての人にとってもね。仮に今のわたしが、陣左の偽善の上に成り立ったものだったとして……うん。偽善、上等じゃないか。だって、わたしはこんなにも幸せなんだから。だから、もう苦しまなくていいんだ。陣左、笑って」

 そう言うと、雑渡が笑いながら頬をつまんで引っ張った。強張っていた頬が緩み、つられて笑ってしまった。何かが、すとん、と抜け落ちたような気がした。雑渡の笑顔が、ただ単に嬉しかった。

「ここに尊奈門がいなけりゃ、抱きついてましたよ」

「おや、残念」

「何ですかっ。人をお邪魔虫みたいに言って。はいはい。いつまでもそうやって和んでて下さいっ。壁直すのに道具とってこなきゃ。まったく」

 尊奈門はきゅうりをかじりながら部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿に、雑渡と顔を見合わせて吹き出した。

「にしても、陣左。今日は随分と甘えん坊さんじゃないかい」

「たまにはそんな日もありますよ。もう組頭と口喧嘩はできないですし。あの頃とは違います」

「違わないよ。ああ、図体は違うか。でも、違わないよ。だって、陣左と一緒にいて楽しいもん。あの頃と何も違わない。やろうよ口喧嘩。まったく負ける気がしない」

 腕をこきこき鳴らす雑渡に、陣内左衛門は笑った。

「私も、一生勝てる気がしません」

 ずっと組頭を苦しみから救いたいと思っていた。けれど、そう思うことで、本当は自分が救われたかったのかもしれない。結局自分は、許されたかっただけなのだ。やさしい言葉と甘えさせてくれる時間が欲しかっただけなのだ。

でも、これでようやく、組頭と向き合っていける自分になれた。そんな気がした。

 ふいに、蝉の鳴き声が大きくなった。そのどれもが、いのちをしぼるようにして鳴いている。夏はまだ始まったばかりだ。

 

 終わり


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