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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 呼ばふ 8

落乱SS 呼ばふ 8 (雑伊)

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   呼ばふ 8

 忍術学園に帰り着く頃には、夕焼けの美しさに見惚れる時分になっていた。雑渡とのわだかまりも解け、いい心地で帰って来た伊作は、しかし、次の瞬間には完全にへこむことになった。

 留三郎が剣突を食らわせてきたのである。

「おい、てめー、伊作っ!」

 戸を開けて部屋に入ろうとした伊作は、中から顔を覗かせた留三郎の剣幕にたじろいだ。

「ちょっ、えっ? もしかして、茶店で待ってなかったの怒ってる?」

「うるせー。黙れっ! 怒ってるけどな、怒ってねーよ」

「じゃあ、何なんだよ」

「俺が怒ってんのはなあ……あっ、首の後ろんトコ血ぃ出てんぞ。おまけにこんなに泥だらけになって」

「ああ、ちょっと転んだから」

「転んだだけでこんなにズタボロになるかっ! お前はもうっ――」

 文句だか説教だか分からない言葉を言い終わらないうちに、留三郎に抱きしめられた。肩の辺りをきつく絞められる。

「心配かけやがって……」

 留三郎は掠れた声で言うと、黙り込んだ。わずかに伊作を抱くその手は震えていた。乱暴できつい口調の裏に隠されたやさしさが、いかにも留三郎らしい。

 伊作はその気遣いに目を細めた。

「留……」

 どういうわけか、留三郎は伊作に何が起こったのかをすっかり承知しているらしかった。

「医務室行くぞ」

「へ?」

 留三郎は伊作を剥がすと、かんかんに怒って言った。

「へ? じゃねえよ。首の手当てすんぞ」

 言うないなや、留三郎は答えも訊かず、伊作の手をずるずると引っ張っていった。

 

 

「何で知ってたの?」

「あん?」

 留三郎は伊作の首を消毒しながら答えた。

「俺とお前が待ち合わせしてた茶店で、雑渡さんに会ったんだよ」

「嘘っ?」

「本当。っつーか動くな。手元が狂う」

 見えにくかったのか、留三郎は近くに灯りを引き寄せた。闇が薄く動く。

「そこで事情を聞いた。あの人、本当に心配してたぜ。すごく必死だった」

「そう……」

「そうって、それだけか? 何かもっと他にあるだろ」

「あるよ。あるけど……」

「けど何だよ」

 はっきりしない伊作に、留三郎はややきつい口調で先を促した。

「雑渡さんが助けに来てくれたことは、嬉しかったよ。雑渡さんが本気で心配して気遣ってくれるのは分かったよ。僕を嫌いじゃないってことも分かった。でも、今度のことで雑渡さんの傍をうろちょろしちゃ駄目なんじゃないかって」

「何だそりゃ」

 呆れたように言う留三郎に、伊作は噛みついた。

「だって、完全に足手まといじゃないか。雑渡さんの面倒にしかならなくて、そんな負担にしかならない人間が傍にいてもいいわけない」

 しばらくは、二人とも無言だった。

 伊作の首の傷は、多少出血していたが、縫うほど深くもないものだった。傷薬を塗り、包帯でも巻いておけば数日で治るだろう。

 伊作の指示に従いながら治療を終えた留三郎は息を吐き出した。

「伊作はさ、雑渡さんのこと好きなんだろ」

 いきなりそんなことを言う。一瞬、ぎょっとしたが、伊作はすぐに頷いた。

 その通りだった。

「……でも、好きなだけじゃ駄目なんだよ」

「――駄目なもんか」

 はき捨てるように言うと、留三郎は伊作の前に回りこんだ。

「伊作は雑渡さんを選んだ。雑渡さんも伊作を選んでる。だから、相応しいか相応しくないかを決めるのはお前自身だ。俺でも雑渡さんでも、まして立場とか年齢とかでもない、お前自身が決めるんだよ」

 留三郎の強い眼に気圧された。

「でも……」

「会いたい理由なんて、好きってなだけで十分だと思うぜ」

 留三郎は念を押すように言った。心配してくれているとは分かっても、その楽観的な考えに伊作は少し腹が立った。

「留三郎は何も分かってない」

 むっとした顔で、留三郎が睨んでくる。

「何がだよ」

「無神経っ!」

「俺はなっ! 聞いたんだよ」

 何の話かと首を傾げる伊作の鼻先に、留三郎の指が突き出された。

「茶店で雑渡さんと話したんだ。あの人、言ってぜ。お前を守ることが出来なかったって。それで、お前を傷つけたから、もう会いに行けないって」

 伊作は動悸がした。顔が青ざめる。まさか、そんな風に雑渡を追い詰めていたとは思わなかった。

 そんな雑渡のことが愛しかった。不器用で一途なやさしさが嬉しい反面、やりきれなかった。

「僕のことなんて、放っておけばいいのに」

「でも、あの人は伊作のことを放っておけなかった。お前が慕ってくれてるのを分かってて、雑渡さんもお前のことを想ってて、だから離れないといけないと分かってて……。それでも「伊作を好き」っていう気持ちだけで、全部の仕事を捨てて、この先の危険も受け容れて、雑渡さんはお前の手を取ったんだろ。無神経なのは伊作だ」

 留三郎は一気にまくし立てると、肩で息をした。そして、拍子抜けした伊作に小さな声で言った。

「雑渡さんはいい人だ……」

「留……」

「だから、伊作もそれに応えろ。好きな気持ちだけで色んなもの蹴っ飛ばしてお前を選んだ雑渡さんの目を見て、好きなだけじゃ駄目なのかどうか、ちゃんと見極めろ」

 留三郎は腰を上げた。そのまま戸を開け、するりと医務室から出て行く。

 伊作は慌てて声をかけた。

「ありがと、留」

 遠ざかる足音と一緒に留三郎の声が返ってきた。

「お前はちゃんと、いつも通り、あの人のこと好きでいいんだよ」

 一人になっても伊作は、拍子抜けしたままだった。伊作の耳に留三郎の言葉の感触が残っている。

 いつも通り、普通に、変わらず、好きでいろ、と。

 伊作の口許は自然に緩んだ。胸の辺りがふわりと軽くなる。

 無理やりに自分の気持ちを捻じ曲げる必要などなかったのだ。そして、無神経にならないために、伊作は自覚しなければならなかった。

 どんな気持ちで、雑渡が伊作を突き放したのか、そして助けに来てくれたのか。そのときの雑渡の心中を慮ると、伊作の胸は塞いだ。雑渡の気持ちが切なかった。

 伊作は、小刻みに揺れる灯火を見つめながら、雑渡の気持ちに応えたいと思った。

 

 つづく


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