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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 呼ばふ 7

落乱SS 呼ばふ 7 (雑伊)


   呼ばふ 7 

 どれくらい歩いただろう。

 伊作はおそるおそる、後ろを振り返った。案の定、そこには誰もいない。もちろん、今の今まで、誰にも呼ばれることはなかった。

「雑渡さんのバカ……」

 一人ごちる。

 嘘みたいに晴れ渡った空が憎らしかった。伊作の悲しみを悼みもしない、どこまでも青く美しい場所が恨めしい。何もかもが白白しかった。

 たくさん想像をしたのだ。雑渡に謝って、きっと許してもらえて。それで、今まで通りとはいかないかもしれないが、よき人生の先輩として話くらいは普通にしてもらえるだろうと、そんな風に楽観していた。

 しかし、やはり想像は想像だ。現実とは違う。現実は凄まじい。凄みを持って押し迫り、色んなものを簡単に遠くへ流していく。

 こころがもたついた。

 憎めなかった。

 嫌いになることさえ出来なかった。

 それは、きっと、雑渡が伊作のことを憎んだり嫌いになったりしていないと思ったからだろう。

 伊作は雑渡を信じたかったのだ。疑うという行為は、はなから頭には無かった。

 本当に伊作のことが厭わしかったのなら、あのとき、突き飛ばすなんて甘いことでは終わらせなかったはずだ。頬を叩いて、罵ってさげすんでもよかったのに、雑渡はそれをしなかった。

 なぜ、雑渡が伊作を遠ざけたのか。その行為は雑渡のどういう事情と感情が生み出したものなのか。

 今は、本当のことが分かるときまで待つしかなかった。自分の強がりと雑渡のこころを信じるしかない。

 薄暗くなり始めた道で、そんな風に決め込んだ。生きていれば信じることも、言葉を交わすことも出来るのだから。きっと大丈夫だ。

 伊作は、ふと立ち止まった。街道に沿った黒々とした森の茂みに、目を惹く色があった。群になった薄紫色の花。

「ムラサキだ……」

 なんの躊躇いもなく、森へと足を踏み入れる。いくらかこころが浮き立った。

「これだけあれば、雑渡さんに新しい火傷の薬をつくってあげられる」

 そんなことを呟いて、伊作ははっとした。途端におかしさがこみ上げてくる。

 あれだけ雑渡のことで気を揉んで、なかったことになればいいと思ったのに、もう頭の中は雑渡の事で一杯になっている。

 そんな単純な自分が、伊作は決して嫌いではなかった。

 雑渡に会いたいと、そう思った。

 森の木々に囲まれたほの暗い中、薄紫色の花に手を伸ばそうとして、ふと人の気配を感じた。ここは街道からも外れている。わざわざこんな薄暗い森を行く人があるんだろうか。

 神経を研ぎ澄ませる。暗闇の中、誰かの不躾な視線が背中にくっついている。

 ――見張られてる……。

 足音は聞こえない。けれど、確実に、殺意が闇を揺らして近づいてくる。

 伊作は振り返ろうとした。けれど、それはかなわなかった。後ろ首がちくりとした。尖った何かを刺されたような痛みが走る。間もなく、伊作はその突きつけられたものの正体をさとった。

 ――クナイだ。

「動くな」

 男の声が短く言う。

「いいか。質問に答えろ」

 早口で言う男の声に、伊作は覚えがあった。街道沿いの茶店にいた行商人の声だ。

 しかし、その行商人がクナイを持っているとは……。忍びなのだろうか。だとしたら、伊作に何の用があるのだろうか。伊作はこの物騒なものを押し付けてくる男とは、何の面識もない。茶店で背中合わせに座っていただけだ。だから、こんな理不尽な殺気を向けられるいわれはないはずなのだが……。

 とはいえ、伊作の背後に陣取る男には寸分の隙もない。一歩でも動けば、或いは、瞬きでもしようものなら、躊躇わずに斬り捨ててやる、という気配が滲み出ていた。

 動けない。それどころか、この劣勢ではとても逃げられそうにない。

 死ねない。死んだら、雑渡さんと話をすることも出来ないし、信じることも出来ない。

 今、頼りになるのは自分だけだ。

 焦らず、怖がらず、この男の目的を探る必要がある。

 伊作は男の気を逸らすようにして、

「あのー……」

 気の抜けたような伊作の声に、男はクナイをさらに深く押し付けると語気を強めた。

「余計なことは言うな。首が飛ぶぞ。質問にだけ答えろ」

「あなた、さっき茶店に居た人ですよね」

「気のせいだろ」

「いや。絶対そうですよ」

「気のせいだって言ってるだろ」

「こんな森の中を歩いてるなんて、迷子ですか。僕でよければ道をお教えしますよ」

 この男たちは茶店で、行く道について揉めるような会話をしていたはずだ。

 とにかく、逃げる隙を作るよりは、伊作を殺す、ということから男の意識を逸らさなくてはいけない。でなければ、今にも男は伊作の後ろ首にクナイを突き立ててくるような気がした。

「お前、この状況で何言ってんだ」

「もう一人の方はどうされたんですか。もしかして、道のことで意見が割れて……ひょっとして、喧嘩ですか? け、け、喧嘩は駄目です! 実は僕もある人と喧嘩しちゃってて、気まずくって……。だから早く仲直りした方がいいですよ」

 大仰に伊作が言うと、男は苛付いたように舌打ちした。

「いい加減にしろよ。俺はお前を脅してんだぞ」

「へ? そうなんですか」

「どう考えたって、そうだろうがっ」

「あなたは、物盗りなんですか? 僕は金目のものは何も持ってませんけど」

「金じゃない」

 瞬時に、男の殺気が濃くなる。辺りの空気が押し潰されて、伊作に圧し掛かる。

「密書を渡せ」

「密書……?」

 あらぬ言葉を聞き、伊作は目を丸くした。驚いたのだ。まさか、伊作がそんな物を持っていると疑われていたとは。

 伊作はきっぱりと言った。

「持ってません」

「嘘をつくな」

「本当に持ってませんし、あなたたちの密書なんて見たこともありません」

「大半はそう言って誤魔化そうとする。けど騙されないぜ。あいつから預かったはずだ」

「あいつ?」

 伊作は首を傾げた。

「あいつとは一体誰で――」

「顔に包帯巻いた百姓……いや、忍びか」

 伊作は短く息を吸った。ひやりとしたものが喉元を滑り落ちていった。

 伊作は「あいつ」の正体を瞬く間に悟った。

 雑渡のことである。

 そして、雑渡が伊作に対してとった行為のすべての道理も察した。

 伊作を雑渡の仲間だと思わせないために、あんな非道な態度で接したのだ。

 殺されるかもしれない状況に置かれているというのに、束の間、伊作の緊張の糸は緩んだ。すべての腑に落ちないことが一本に繋がり、こころの底からほっとしたのだ。

 強がりで支えていた見えない不安が、一気に晴れていく。

 守ろうとしてくれた……。

 雑渡のことを信じてよかったと思った。

 そして、雑渡が伊作を気遣ってくれたように、伊作もまた、その気遣いをふいにしないように努めなければならないと思った。

「僕はただの善良な一般人です。あなたが言うような人のことなんて知りません」

 伊作の言い方が癪にさわったのか、今度は男は伊作の手を後ろで締め上げると、背中を蹴ってうつ伏せに押し倒した。

「痛っ――」

 男はそのまま、伊作の背中に馬乗りになる。ふいに、首の後ろに感じていた刺すような痛みが無くなったと思ったら、男の手が伊作の身体を這い始めた。密書を探しているのだ。

 粗方の場所を探っても目的の物を見つけられない男は、あろうことか伊作を仰向けにして首を絞め出した。薄暗い景色の中で見た男の眼は、血走っていた。

「どこへ隠した」

「――だから、知りませんって……」

 伊作の声は、もはや声ならないものだった。苦しくて、頭の片隅がぼんやりとした。そのおぼろげな意識の中、霞がかったようにして雑渡の顔が浮かんだ。

 ああ、会いたいな。と思った次の瞬間、馬乗りになる男の身体が傾いだ。伊作の首から手がはずれ、圧し掛かってくる重さがなくなった。男が人形のように地面に転がる。

 何が起こったが分からないまま、伊作は激しく咳き込んだ。新鮮な空気を求めよと息を吸うが、うまくできない。苦しくて、涙が零れた。その瞬間、

「伊作くんっ!」

 名前を呼ばれた。何度も願ったその声で、名前を呼ばれた。たったそれだけのことなのに、身体からすっかり力が抜けて安心した。差し引きが無くなるくらいに嬉しかった。

 薄っすらと目を開ける。答えたいのに声が出ない。震える手を求めるように動かした。すると、その手を強く握られた。そっと抱き寄せられ背中をさすられる。

「大丈夫? ゆっくり深呼吸するんだ」

 懐かしい声に耳元で囁かれ、伊作はそれに従った。しばらくそうしていると、次第に息苦しさも無くなってきた。

「雑渡さん、どうして来たんですか」

「ごめん」

「これじゃ、雑渡さんが僕を突き放してくれた意味がないじゃないですか」

 口ではそんなことを言いながら、伊作は雑渡が助けに来てくれたことが嬉しかったのだ。

 雑渡は顔をくしゃくしゃに歪めた。

「ごめん。ごめん……。本当にごめん。巻き込んでごめん。関わらせてごめん。一緒にいたいと思っててごめん。離れられなくてごめん。嫌いになれなくてごめん」

「謝ってばかりですね」

「だって、本当に悪いことをしたから」

「謝るのは僕の方に違いないのに」

「伊作くんに謝られたら、わたし、本当に立場がなくなってしまう」

 うなだれながら言う雑渡であったが、何かを察したのか、急に目つきが鋭くなった。隣に無造作に転がっている男の首根っこを掴むと、立ち上がった。

「多分、この男の片割れが辺りをうろついてる。これ以上伊作くんに迷惑かけられないから、行くね」

「あ、あの」

 思わず呼び止めていた。驚いたようにして、雑渡が振り返る。

「今度はいつ会えますか」

 また、拒絶されるかもしれないという恐怖もあったが、今散々な目に遭ったことに比べたら何でもないように思えた。機会を逃がして、このまま一生、関係が断たれてしまうことの方が、よほど怖ろしい。

 雑渡の目が丸々と見開かれた。

「会ってくれるの……?」

「あ、会いたいんです。僕は雑渡さんと会って、たくさん会って、それで……」

 言いたいことは山ほどあるのに、言葉が喉の奥でつっかえる。舌がもつれてうまくしゃべれない。早く何か言わなければ、と気持ちが急く。

 頬を紅潮させた伊作を見て、雑渡は呑み込めないような顔をした。

「わたしのこと、もういい加減に嫌いになったんじゃ……」

 とんでもない、と伊作は首を横に振った。

 嫌いになどなれるはずがなかった。こんなにも心砕かれて、嫌いになどなれない。

「僕の方こそ、気持ちを押し付けるようなことを言ったから、てっきり嫌われてしまったものかと思ってました」

 伊作は俯いて上目遣いに雑渡を見上げた。

 雑渡は目を瞠り、やがて破顔した。

「じゃあ、お互いに考え違いをしてたんだね」

 つられて、伊作も笑った。

「ええ。そうみたいです」

 風が出てきた。

 雑渡は、「今夜会いに行く」と言って、目を回している男を引きずり去って行った。

 

 つづく


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