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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 惚れた弱み

落乱SS 惚れた弱み (雑伊)

アニメ第18期 81話『土井半助を倒せの段』より。

つむじ、テレビを持ってない上に、一度、人の家で観ただけなのでうろ覚えですが。

※9月8日追記
文中に「敵に塩を送る」という故事を使いましたが、この時代まだこの故事は存在していないっ!
と気が付いて、他の表現に変えました。反省。

   惚れた弱み

 

やわらかな日差しの中、忍術学園の医務室では二つの影が向かい合う形で座っていた。影の内、一つは医務室の主ともいえる善法寺伊作のもの。そして、もう一つは。

お茶を一口すすりながら、雑渡は気の抜けた声を出した。

「伊作くんの淹れてくれたお茶は最高だねえ。はあ。極楽」

「極楽トンボなのは雑渡さんですよ。どうしたんですか真昼間から」

 そんなに浮ついたのんき者に見えるのだろうか。

「今日は非番。ほいでもって、ここへは引率で来たの」

「引率って誰のですか」

「尊奈門の」

 そう言うと、伊作は目を丸くさせた。状況がよく飲み込めず、口を半開きにさせて隙だらけの様相を呈している。仮にも忍者を目指す者として、その間抜けさは問題有りだな、と雑渡は笑った。

「尊奈門が忍術学園に行くって言うから、後をつけて来たんだ」

「そういうのは、引率って言わないですよ。前に立って引っ張ってくるどころか、内緒で後をついて来ちゃったんですから」

 そうかもしれない。けれど、引率だろうが尾行だろうが、そんなことは雑渡にとって取るに足らない問題だった。なぜならば、結局のところ尊奈門をダシにして、伊作に会いに来ただけなのだから。

「でも、なんでまた尊奈門さんは忍術学園に来ようって思われたんでしょうか。何か用事でも?」

「土井先生の弱点を見つけたんだよ」

 伊作は首を傾げた。雑渡は説明してやった。

「園田村でうちの尊奈門が土井先生にチョークと出席簿で撃退されたことは知ってるよね」

「ええ。まあ、噂で聞きました。たいした怪我もされなかったようだったので、安心してましたけど」

「あれ以来ねえ。尊奈門ってばその敗れた時のことを夢にまで見るみたいで。つまり、悪夢ってやつだよ。うなされてることが多いんだ」

 伊作は本当に気の毒そうに顔をしかめた。

「それはいけませんね。第一、身体にも良くありません。なんとかして差し上げたいです」

「でしょ。そこで話の本題。弱点に行き着くんだよ。土井先生の弱点を研究しろって尊奈門に言ったんだ」

「土井先生の弱点に付け込んで勝負をしよう、と。そういうことですね」

 雑渡はうなずいた。

「まあ所詮、尊奈門のことだからね。勝てるって保障は皆無だけど」

伊作は眉をハの字にして息をついた。

「確かにそれは正攻法です。ひとつの立派な策に違いありませから、ずるいとは思いません。思いませんけど――」

「けど?」

「尊奈門さんのことが心配です。落ち込んでないでしょうか」

 雑渡はいささか驚いた。雑渡同様、伊作にも分かっていたのだ。今の尊奈門の実力では、たとえ弱点をとっかかりにしようとも、土井半助には勝てない。そのことは単に、年齢や実戦経験の差に起因しているわけではないだろう。まして、実戦の場数に関しては尊奈門の方が圧倒的に多いはずだ。尊奈門は紛れもない、いくさ忍びなのだから。

土井半助という人物は本当に優秀な先生だと思う。雑渡の所見でも、あの若さであれだけの技術、判断、動作が出来るということは素晴らしい能力だと感じた。タソガレドキ忍者隊で活躍して欲しいくらいだった。きっとすぐに先頭に立つ者になれる。

 とはいっても、土井半助は激しいいくさ場とはかけ離れた学園の教師という立場なのだ。それなのに、そんじょそこらのいくさ忍びよりも腕が立つ。土井半助の方が明らかに勝っているのだから不思議でならない。

 タソガレドキ忍者隊の忍組頭を預かる雑渡として勝手に判断するのだが、おそらく、土井半助が強いのは、経験してきたことと覚悟が人並みはずれているからではないだろうか。あまり人の見ないものをたくさん見てきてしまったからではないだろうか。

 あの若さで、子どもに囲まれる先生で、尊敬される立場で……。それなのにいくさ忍びにも勝ってしまう。そのことは、とても寂しいことに思えた。あの羨むような忍びの技を窮めながら、教師という立場におさまった人間の過去とはどんなものなのか。気にならないといったら嘘だ。けれど、人にはそれぞれ事情がある。

 土井半助にも尊奈門にも伊作にも、そして他でもない雑渡にも――。それぞれにそれぞれが譲れない事情を抱えて生きている。それはきっと、銘銘が弱点を抱えて生きているのと同義なのだろう。

 考えにふけりながら伊作の方を見ると、なおも心配そうな面持ちを崩してはいなかった。青くなったり白くなったり、目が大きくなったり細くなったり。まるで百面相だ。

 思わず吹き出した。伊作が目を剥いた。

「なんですか、笑ったりしてっ。雑渡さんがけしかけたんですからね。ちょっとは尊奈門さんのこと、心配してあげて下さい」

 ――まったく、君っていう人は。

 こぶしを振り回して憤慨する伊作に、雑渡は肩をすくめた。

「ちょっとちょっと。うちの尊奈門が喧嘩ふっかけてるのは、仮にも伊作くんのお世話になってる先生だよ。敵の肩を持つような真似してどうするのさ」

「尊奈門さんのことを敵だと思ったことはありませんっ」

 それは尊奈門がなめられてるってことなのでは。

 一抹の不安を覚えつつ、それでも、雑渡は笑うことを止められなかった。伊作の幼い同情がとても面白いと思ったからだ。その気持ちはどこから生まれてくるものなのだろう。いつものことながら、自然と興味を誘われる。

「伊作くんの弱点は、そのやさし過ぎる所だよね」

 雑渡の顔は笑っている。けれど、目は笑ってはいなかった。伊作のことを嫌いなわけではない。警戒しているわけでも、侮蔑しているわけでもない。ただ認識しているだけだ。善法寺伊作は、取るに足らない大人でも子どもでもない中途半端な忍者のたまごだ。と同時に、雑渡にとって、とても大切な部分に位置付けられている人間だ。

けれど、と思う。

時には相手を疑ったり厳しく接することも必要なのが忍者なのに、中途半端なやさしさを、それこそ何の疑いもなく易々と差し出してくるのが伊作という人間だった。その伊作の人間性は雑渡を苛つかせた。いや、苛苛させるというよりかは、心もとなくさせるという方が正確かもしれない。

 心配になるのだ。こころが落ち着かなくなる。まるで、疑うという言葉を知らないかのように、いとも簡単に雑渡のふところに飛び込んでくる。その忍者には余りにも不釣合いなやさしさは、いつか伊作を傷つけるに違いない。

 だから、思い知らせてやりたいと心中が猛る。危ういやさしさを撒き散らすこの少年に、骨の髄まで思い知らせてやりたい。不必要なやさしさは、余計な同情は、時に自らを危険に陥れる要因になるのだと。

 自分よりも低い位置にある伊作の顔を真正面から見つめた。伊作は固まったように身動き一つしない。雑渡を見上げるようにして伊作の顎が反らされた。雑渡のねめつけるような視線の前に、白い喉元が無防備に晒される。

 雑渡はその皮の薄そうな喉に爪をあてた。硬い爪がやわらかな皮膚にわずかに沈む。伊作の喉がひくりと動いた。

「そのやさしさは、いつかきっと……伊作くんを殺すよ」

 皮と骨を裂くように、すっと爪を滑らせる。伊作は動かなかった。目を逸らそうともしない。ただ、雑渡の右目だけを凝らすようにして見つめていた。やがて、静かに言った。

「本望ですよ。自分のやさしさに溺れて死ぬのなら本望です」

「……若いね」

 そんな死に方はバカみたいだと思った。一番正しくて、一番美しい行為の末に、自分のやさしさに裏切られて死ぬなんて、本当にバカみたいだ。純粋のかたまりみたいな人間が、そんなバカげた死に方をしていいはずがない。

 口の端だけで笑う雑渡に向かって、臆することなく伊作は言った。

「そうですね。雑渡さんから見たらそんな風に嘲笑の対象になるのかもしれませんけど。でも僕はいつだって本気ですよ。心底思っています。人が自分のことで手一杯な今の情勢、もちろん僕だって自分が可愛いですけど、でも、誰もがやさしさを忘れてしまっているからこそ、僕が忘れちゃいけないんです。どんな状況であっても、人は人にやさしく出来るんだってことを証明しつづけなくちゃいけないんです」

 雑渡は自分の息が詰まる音を確かに聞いた。伊作の崇高な志を目の当たりにして、視界がぼんやりと滲み出した。雑渡が引っ掻いた白い喉には、赤い線が走っていた。思わず、目を伏せた。

 伊作が雑渡の手をそっと取った。

「雑渡さん、何を怖がってるんですか」

 意外な問いかけに顔を上げた。それは、はっきりと耳に届く声だった。伊作が真剣な面持ちで構えていた。目の色が強すぎて、他の一切が霞んで見えた。握られた手が熱かった。

「――怖がる? わたしが?」

 伊作に言われたことで初めて、雑渡は自分の本心を知ったような気がした。そう。自分の抱いているこの感情は、苛立ちでも心配でもない。恐怖だったのだ。伊作が誰かに、あるいは雑渡にやさしくすることで窮地に立たされるかもしれないという恐怖。その善良な人間性ゆえに死に近づいてしまうかもしれないという恐怖。伊作を失いたくないという恐怖。

 伊作は目を細めた。

「ええ。雑渡さんはとても恐れてる。きっと、僕が自分のやさしさで自滅することを恐れてるんですね。でも、大丈夫ですよ」

 そう言うと、伊作はにこりと笑った。笑いながら、雑渡の手をまるで大切なもののように握り締めた。

「雑渡さんにやさしくしても、僕は死にません。傷ついたり苦しんだりもしません。だから、大丈夫ですよ。大船に乗ったつもりでやさしくされて下さい。何よりも、僕は雑渡さんにとって、やさしい存在でありたいんです」

 かつて、伊作のやさしさが雑渡を生かした。そして今、雑渡は伊作の弱点によって支えられている。伊作の弱点を限りなくいとおしいものだと思っている。

 雑渡は力なく笑った。降参だと思った。例え弱点が分かっても、伊作には勝てないと思った。強靭すぎる弱点なのだ。その弱点である芯の通ったやさしさが、伊作の抱えて生きていく譲れない事情なのだろう。

 人にとことんやさしくして生きるのも、可愛い忍者のたまごたちに囲まれながら先生として生きるのも、領土のために忍組頭として生きるのも、どれもがこの世の中に確かに存在する生き方だ。どんな生き方でもいい。どんな弱点を抱えていてもいい。自分がこうしたい、こう在りたいと思う潔さがあればそれでいいのだ。

「ところで」

 と、伊作が急に問いただしてきた。

「雑渡さんの弱点って何ですか」

 虚を突かれ、雑渡は顎をつるりと撫でた。

「何だろうねえ。伊作くんよりも大分長く生きてるからねえ。そりゃ、弱点の一つや二つあるだろうねえ。まあ、さしずめ……」

 伊作が両目を爛々と輝かせている。このくるくる変わる表情が好きだな、と思った。

「惚れた弱みってやつかなあ……」

「はあ」

 ひとり言のように呟く雑渡に、伊作は首を傾げた。

 

 終わり


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