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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 雷

落乱SS 雷 (雑伊)

 昨日はお彼岸でしたね。墓参りに行ったら蚊の群に襲われました。あう。

 閑話休題。
 さて、干された稲の美しい今日この頃。
 昔の人は、雷が稲の穂を実らせると考えてたらしいです。
 ちょっと挑戦でした。これ、言わせていいのかな、と思ったり。

   雷

「お疲れですか」

 伊作が尋ねると、男は腕を伸ばしながら大きなあくびをした。医務室の薄い闇が揺れる。ついさっきまで明るかった外はもうすっかり暗い。秋に入ってからというもの、日に日に夜の訪れが早くなっている。

「稲刈りしてた。もう老体にはキツイよ」

「雑渡さんも普通にそういうことをするんですね。なんだか新鮮です」

 伊作は目を丸くした。本当にもの珍しかったのだ。雑渡がいくら城就きの忍びだとはいっても、四六時中城の中でうろついたり、仕事をしているわけじゃない。やはり平時には、田畑で作物を育てたりしているのだ。

 雑渡の日常を少しだけ垣間見た気がして、伊作は嬉しくなった。伊作の知らなかった雑渡の一面が目の前に広がる。知るということは、その対象に近づくことなのかもしれない。だから、取るに足らないことでも些細なことでも、雑渡について知るということは伊作にとって重大事項だった。知れば知るほどドキドキして、好きな気持ちが大きくなっていくような気がする。

「肩でも揉みましょうか」

 伊作の提案に、雑渡の消沈した面がみるみるうちに精気を帯びていく。

「いいの」

「もちろんですよ。こんなにクタクタでこんなに遅い時間なのに、僕に会いに来て下さったんですから。肩揉みくらい奉仕しますよ」

「わたし、すっごく幸せ。稲刈りしてきてよかったあ。伊作くんに労わってもらえるなら、老体でいることも悪くないね」

 雑渡がにやりと笑った。満面に喜色を浮かべている。

「そんなに喜ばれても……子どもだましみたいな肩揉みしか出来ませんよ」

 幸せそうに笑う雑渡に苦笑いを返しながら、伊作は雑渡の背後に回った。雑渡の両肩に手を置く。いつも見ていてたくましいと思っていたその双肩は、見た目以上に立派なものだった。

 どうやったら、こんないい筋肉が付くんだろう。

 伊作はその肩を揉みながら思った。手に伝わってくるしなやかな肉付きに、伊作はうっとりした。と同時に、その心地よさによって、雑渡について知らないことが余りにも多いのだと痛感させられた。

 その肩の立派さは、雑渡の努力の賜物であり、また雑渡と伊作が過ごしてきた年月の違い、乗り越えてきた辛苦の違い、生きてきた世界の違いを克明に示すものであるのだ。ついさっきまで有頂天だったのに、こんなことで焦ってしまう。自分との違いを見つけるたび、雑渡がどんどん遠くなっていく気がした。

 今は伊作の手の中にあるこの肩も、あと少しで離れていってしまう。雑渡の何一つも伊作のものにはならない。我がままはいけない。けれど、貪欲になってしまう。知れば知るほど雑渡のことが欲しいと思ってしまう。その身体も想いも言葉も何一つ取りこぼさず伊作のものにしたい。隅から隅までむさぼり食いつくしたい。

 けれど。でも。

 物事には程度というものがある。自分の分際と雑渡の立場を考えれば、今、伊作の中に残っている虚しい欲望がそうなのだろう。その感情を現実にすることは分不相応なのかもしれない。

 伊作は俯いた。少しだけ力を込めて、雑渡の肩に置いた手を握り締めた。と、その手をおもむろに掴まれた。

「どうしたの? 疲れさせちゃった?」

 ゆっくりと落ち着いた声音で問われた。伊作の心配も不安も、雑渡にかかれば手一つ握っただけで分かってしまうのだろうか。

 伊作は嬉しいような悲しいような心持ちになった。不安を払うようにして首を振った。

「違うんです。雑渡さんの肩がうらやましいくらいに立派だなと思って……」

 その時、暗かったはずの外に閃光が走った。遅れて夜を割るようなとどろきが聞こえる。一瞬、伊作のやましい心情を天が怒ったのかと思った。

「雷が……」

 言い終わらないうちに、雑渡は伊作の手をぐっと引っ張った。自然、雑渡の背中にくっつく格好になる。

「な、何です」

 伊作は、さっきの雷鳴以上に雑渡の行為に驚いた。雑渡は伊作の腕を掴んだまま放そうとしない。

「だって、雷怖いんだもん」

 怖いんだもんって、あんたいい大人でしょうが。

 脱力した伊作に、雑渡は笑った。

「伊作くんだって怖いんでしょ。だって、心臓の音、すごく早いよ」

「そ、それは雑渡さんとくっついてるからでしょ。こんなにドキドキさせて、早死にしたら怨みますからね」

 真っ赤になった伊作の目の端で、また稲妻が走った。鳴り止まない心臓を意識しながら、雨が降るな、と思った。雨が降れば、多分雑渡は足止めをくらう。つまり、もう少し伊作と一緒にいられるということだ。そう考えると安心した。まだ、遠くに行かないでいてくれる。

 しばらくして、雨粒が屋根を叩く音が聞こえてきた。そればかりがはっきりと聞こえた。雑渡は伊作を負ぶるような格好のまま、黙っていた。静かだった。こんな贅沢な時間はない。

 伊作は雑渡の首筋に顔をうずめた。かすかに稲藁の匂いがする。この匂いも、何もかも、雑渡に関わるすべてのものがいとおしいと思った。そのいとおしさを失いたくない。雑渡との切れない確かなものが欲しいと切に願った。頭の中に、稲妻のような激しい閃光が瞬く。

「ねえ、雑渡さん」

 静かに問えば、静かに返事があった。

「何」

「雷が稲の穂を孕ませるんですってね……」

 雑渡の身体が僅かに動いた。伊作はぐっとその身を寄せた。このまま、この男の身体にめり込みたいと思った。纏わりつくもの全部脱いで、絡みつくしがらみも全部削いで、皮も肉も骨も突き破って、一つよりもそれ以上に、もっとずっと一つになりたいと思った。

「あなたに触れただけで、僕も孕めばいいのに」

「何、を――」

 振り返った雑渡の顔が青白かった。伊作の口が言葉を紡ごうとしていた雑渡のそれを覆う。何も言わせたくなかった。伊作を突き放してくる言葉なんて聞きたくなかった。

 どうしてだろう。こんなにも近くにいるのに、こんなにもくっついているのに、寂しい。もしかしたら、虚しいのかもしれない。非現実的な自分の想いに虚しさがこみ上げてくるのかもしれない。

 くちびるが離れると、伊作は大きくため息をついた。口元を歪める。

「馬鹿でしょう。雑渡さんも笑っていいですよ。ああ、それよりも嫌われちゃいましたよね……」

 興奮と後悔で声が上ずる。もっと上手に想いを伝えられたらいいのに、喉の奥で言いたいことが縺れ合って出てこない。

 雑渡の目はまっすぐに伊作を捉えていた。伊作の手を放し、こちらに向き直る。すると、再び伊作の手を強く握り込んだ。

「嫌いになんてなれないよ。ごめん」

「なんであやまるんですか」

「伊作くんにあんなこと言わせちゃったから。わたしが伊作くんを不安にさせてたんでしょう。だから、ごめん」

 実直な目に見つめられ、鼻の奥がつんとした。必死に奥歯を噛み締める。ふわりと、真綿に触れるように抱き寄せられて、伊作の目から零れるものがあった。大粒の涙が雑渡の胸を湿らせていく。

「伊作くんのこと大事だから、ずっと側に居たいし居て欲しいけどそれって無理でしょう」

「……はい」

「わたしも、時々不安になるよ。想いって目に見えないからね。でもさ、見えないからこそこうやって面と向かって想いを確かめ合えた時に、跳ね返ってくるものがあるんじゃないの。それこそ、雷みたいな衝撃でさ」

 見えないからこそ。

 伊作はつながった手をそっと握り返した。ちょっと前だったら、もう二度とこの手を離したくないと思っただろう。目に見える確かな絆が欲しかったのだ。雑渡の内に自分が存在しているという確証が欲しかった。

 でも今は、このつながった手の温もりを感じている。その温もりの後ろで脈々と流れているお互いに慈しみあう気持ちがあることを知っている。だから、もう大丈夫だ。

「それでさ、伊作くん」

 雑渡が伊作の背を撫でた。顔を寄せてくる。その顔が妙に浮かれた色をしているのは気のせいだろうか。

「わたしって、期待には応えちゃう男なんだよね」

「はあ」

 雑渡の言わんとしていることがいまいち掴めず、伊作は頭をひねった。泣いたせいか若干思考が覚束ない。

 潤んだ伊作の視界で、雑渡の口角が吊り上った。背筋に悪寒が走る。と、次の瞬間、伊作は完全に組み伏せられていた。なめらかな動作で床に貼り付けられる。雑渡の肩越しに天井が見えた。

「なっ、何を――」

 雑渡がきょとんとした。

「何をって……。孕みたいんでしょ」

「あれは言葉の綾で――って、普通に考えて無理に決まってるでしょうっ」

「いや、努力と根性でどうにかなるかも!」

「何気合入れてんですかっ! どうにかなるわけないでしょー!」

 伊作の叫び声は、雨音にかき消されてしまった。二人きりの部屋で神経ばかりが震える。清らかな闇だけ残して、雷鳴が遠ざかって行った。

 

 終わり


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