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つむじが七つ、風のなか

普通の日記に混じり、同人的要素が含まれたものもごさいます。//二次元創作小説もございます。// 以上のことから、苦手な方、閲覧後にご自分で責任をとることが出来ない方はご退場くださいませ。// 完全に、つむじ奈々個人の趣味で作っているアレコレです。//版権元および原作者様とは一切関係ありません。// そのことをご理解の上、お楽しみください。
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落乱SS 天上の花 その1

落乱SS 天上の花 その1 (雑伊+高坂)

長くなりそうなので分けました。

   天上の花

 

この赤い色はいけない。

 木々を渡る風の中、陣内左衛門は足元から目を逸らした。陣内左衛門を取り囲むようにして、彼岸花が燃えるように咲いている。揺れ動く度に赤い色が何重にも見え、まるで辺り一面が火の海のようだった。

 息をつき、頭上を仰いだ。風に吹かれて裏返った葉の隙間から灰色の空が見えた。曇天である。そういえば、今朝城を出るとき尊奈門に言われたのだった。

「夕方から雨ですよ。ちゃっちゃと組頭を連れ戻してきて下さいね。まったく……忍術学園に遊びに行ったきり、ちっとも帰って来ないんですから」

 埃まみれになった尊奈門がハタキを振り回しながら言った。自分では決して掃除をしない雑渡の部屋の清潔さは、諸泉尊奈門の采配によって維持されているといっても過言ではなかった。忙しげに掃除をしながら、しかし、陣内左衛門の顔をちらとも見ようとしないその後輩の偉そうな態度に少しだけむっとした。

「お前、簡単に言うけどなあ。あれでなかなか手強いんだぞ」

「どっちがです? 組頭が? それとも善法寺伊作が?」

 容赦なく切り込まれ一瞬息が詰まった。もちろん陣内左衛門は雑渡のことを言ったのだ。けれど、そんな風に改めて訊かれると、一体自分はどちらの人物を評して手強いと言ったのか途端に分からなくなる。

 善法寺伊作について、陣内左衛門はどれほどの知識も有してはいなかった。名前と顔を知っているくらいだ。しかも、はっきりと伊作の顔を記憶したのもついこの間のことなのだ。忍術学園のオリエンテーリングの最中、雑渡が彼に接触した折だった。

 雑渡が伊作と知り合ったのは、オーマガトキとの合戦場だったと聞いていた。なんでも、怪我の手当てをしてもらった縁らしい。妙な縁もあったものだ、と当時の陣内左衛門は嘆息した。人の生命を奪う忍者と人の生命を救う忍者。その奇妙な取り合わせに少しだけ興味を持った。北と南のように正反対を生きている者同士がどんな風にして心を通わせるのだろう。どんな風に影響し合うのだろう。そのことは、良い方向へでも悪い方向へでも、お互いを変えていくに違いないのだ。変化は避けられない。

 陣内左衛門の目に伊作は、何とも頼りなげな存在に映った。来春には忍者になるのだという彼は、そんなことを微塵も感じさせないほど忍者に向いていないようだった。雑渡から聞いていた様子通りで驚いてしまった。雑渡でなくても、思わず手を貸したくなるような子どもだった。ちょっと抜けてて素朴で単純で純粋で。しかし、やさしい人となりだということは感じた。雑渡が夢中になるのも分かる気がした。伊作に手強く執着しているのは雑渡だ。

 陣内左衛門はかぶりを振った。

「とにかく。早いとこ連れ戻さないと殿にばれる。今だってぎりぎりのところで誤魔化してるんだ」

「そうですよね。もう、痔とか下痢とかじゃ誤魔化しきれませんよ」

「……おまっ、そんなこと言ったのか? もっと他にあるだろう。竹の採取とか領地の見回りとか」

 呆れた陣内左衛門に、尊奈門はぺろりと舌を出した。

「組頭には反省して頂かないといけませんから」

 命知らずな、と思いつつ、そのときの尊奈門も生意気な顔が浮かんでくると、陣内左衛門は笑ってしまった。

 とにかく、陣内左衛門は上司である雑渡を連れ帰らなくてはいけないのだ。雑渡だって空気が読めないほどうつけではない。放っておいても勝手に帰ってくるのだろうけれど、尊奈門の勢いに押されるまま、忍術学園付近の森まで迎えに来てしまった。そこで足を囚われたのだ――この膝下を埋め尽くす彼岸花に。

 陣内左衛門は木に背を預けた。踏みしだいた彼岸花の、むんとする青臭さが鼻をついた。頭の片隅がじわじわと痺れてくる。それは決して臭いのせいだけではなかった。

 ――ああ。やはり、この赤い色はいけない。

 陣内左衛門はかたく目をつぶった。

物事には連想というものがある。陣内左衛門にとって、まさに彼岸花がそれだった。秋が近づくと何の前触れもなく突然に咲き始めるこの花の別名は死人花。死者に寄り添って咲く花なのだと教えてくれたのは、確か雑渡ではなかったか。なんともぞっとする花だった。だからこの花を見つけると不安になった。この花は、その昔、雑渡を蝕んだ炎によく似ているのだ。炎は雑渡を死者に近づけ、手放したと思ったら消えない傷を残していった。陣内左衛門はあのとき抱いた恐怖を忘れられないでいた。仲間に聞かれたら笑われるかもしれないが、小心者と言われようが臆病者と言われようが、どうしても拭えないのだ。

 雑渡を失くしたかと思った。自分の何か一番大事な根幹のような部分が崩れ落ちてしまったような気がした。足元が無くなって辺りは暗くて、どこにも行けないような気がした。ただただ、恐ろしかった。もう二度とあんな思いはしたくない。だから、今度こそ守ると決めたのだ。この手で。

 赤い記憶と赤い傷。一生負い続けて行くのはどんな気分なんだろうか。陣内左衛門はくちびるを噛んだ。結局、自分には何も理解できないのだ。陣内左衛門と雑渡は、身体も記憶も別々なのだから。

 雑渡はすっかり元気だ。何も心配要らない。今だって城を抜け出して忍術学園に遊びに行くくらいなのだから。雑渡はとっくの昔に乗り越えているのだ。それなのに。

「俺ばっかりが、乗り越えられないんだよなあ……」

 ひとり呟いてみる。

 風が吹いた。禍々しい赤色がいっせいに揺れ始めた。


 つづく

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