舌切りスズメ
「わたしは……伊作くんを壊すよ」
そう告げたときの、彼の眼が忘れられない。大きく見開かれた双眸は、驚きと不安と未知の感情に溢れていた。それでも、思慮深く伏せられた後、まっすぐにこちらを見つめてきた。そして、はっきりとうなずいたのだ。
雑渡は身構えた。急に怖くなったのだ。愛しいものを壊そうとする自分が。そして、得体の知れない雑渡に進んで壊されようとする伊作が。
伊作はぎこちない動作で腰紐を解いた。身に纏っていた一枚の布がこぼれるようにして冷たい床に落ちる。雑渡の目の前に、若々しくしなやかな肢体が晒された。伊作は震えていた。きっと寒いからではないだろう。
するりと、伊作が腰に手を回してきた。吸い付くように滑らかな肌が触れてくる。
「雑渡さんに全部あげます」
軽率な言葉の魅力にくらくらした。眩みながら静かに身をよじった。
「……わたしは伊作くんを壊すよ」
たたみかけても、伊作はうなずくだけだった。
「本当に、壊してしまうよ……」
このとき、雑渡はそれ以外の言葉を知らなかった。けれど、雑渡は嘘をつくことを知っていた。壊されるのは伊作じゃない。壊されるのは雑渡自身だ。伊作のやさしさに、薄っぺらい強がりを一枚いちまい剥がされようとしている雑渡自身なのだ。恐れているのは伊作を壊すことじゃない。ちっぽけな自分があらわになることだった。
伊作が口付けてきた。それは舌を切る味がした。
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